トヨタクラウン車両分解調査(Ⅲ)車体構造と遮音吸音材
衝突安全性、操縦安定性、静粛性を合理的に追求する高剛性車体構造
2016/08/29
要約
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前報のトヨタクラウン(Ⅰ)直噴V6 2.5Lエンジン「4GR-FSEエンジン」、(Ⅱ)レクサス車と共通のFR高級車用シャシー技術に続き、ひろしま産業振興機構のベンチマーク活動で行われた、トヨタクラウンロイヤル(2.5L V6エンジン搭載、後輪駆動仕様車:2012年12月発売)の車両分解調査の内容を報告する。
今回は車体構造と遮音吸音材について報告する。この14代目クラウンのプラットフォームは、12代目クラウン(2003年発売)で開発された基本構造を継承しているが、大きな骨格から、部品の細部に至るまで、FR高級車の要件を考え抜いた改善が積み重ねられている。クラウンの車体構造の特徴の一つは、サイドメンバーやクロスメンバー等が大きな断面積を確保して、曲がりが少なく直線的にレイアウトされていることである。日本車は室内スペースをできるだけ広くするために、骨格材が途中で屈曲したり、断面積が小さくなる車が多いが、この車はフレーム構造車両のように骨格を直線的にレイアウトすることで、高剛性な車体構造としている。そして合理的な車体構造によって、結果的として、余分な補強を減らすことで軽量化を狙っている。もう一つの特徴は、車体パネル接合部のシール材が入念に塗布されており、車体の密閉度を向上することで、車室内への音の侵入を防ぎ、その他の遮音吸音材を低減していることである。次回レポートで、クラウン車両分解調査の総集編として写真集とサプライヤーリストを報告する予定である。
過去の分解レポート:
トヨタクラウン
(Ⅰ)直噴V6 2.5Lエンジン「4GR-FSEエンジン」(2016年5月)
(Ⅱ)レクサス車と共通のFR高級車用シャシー技術(2016年5月)
トヨタ 4代目プリウス
(上)燃費40km/Lのために高効率化と軽量化されたパワートレーンユニットの進化(2016年2月)
(中)TNGA/シャシー・空力性能技術の進化(2016年3月)
(下)新プラットフォームTNGAの車体構造と遮音吸音材・制振材の技術(2016年3月)
132部品の写真集:TNGAのコンポーネント/部品の詳細写真と主要部品サプライヤー一覧(2016年4月)
ダイハツムーブ (2015年2/3月掲載) |
ホンダ フィットハイブリッド (2013年12月掲載) |
VW Polo (2014年11/12月掲載) |
トヨタ アクア (2012年11月掲載) |
日産 ノート (2014年9月掲載) |
日産 リーフ |
ホンダ アコードハイブリッド (2014年2月掲載) |
トヨタ プリウス (2010年3月掲載) |
主要骨格が直線的に配置されたエンジンコンパートメント
クラウンの車体構造の特徴は、太い骨格が極力曲がらずに真っすぐに配置されていることである。これは、軽量で高剛性な車体構造とするための、最も基本的なセオリーである。日本車の多くは、室内のスペースを広くするために、メカニズムに与えられるスペースが小さく、その結果、車体の主要骨格やシャシーのサスペンションメンバー等の骨格が曲がりくねったものが多い。そうした中で、クラウンの主要骨格は、力を無理なく受けられるように、余分な屈曲部が無く、スムーズな形状となっている。エンジンコンパートメントの主要骨格であるフロントサイドメンバーは、太い断面積を確保し、スムーズな形状変化で、キャビン部のフロントフロア下面へ繋がり、フロントフロア後端部まで、真っすぐに伸びている。
![]() エンジンコンパートメント |
![]() フロントサイドメンバー |
左右のフロントサイドメンバーは、ダッシュ部分で太い断面積を持つダッシュロアメンバーと結合されている。ダッシュロアメンバーはフロアトンネルを跨ぐ部分で屈曲しないように、上面はなだらかな変化で、左右方向の力を受け止める構造となっている。このように充分な断面積を確保して、フロントサイドメンバー間を直接繋いでいる例としては、メルセデス・ベンツのCクラス(2014年)とEクラス(2016年)等が、同じ構造を採用している。
一方、メルセデス・ベンツやBMW等の欧州プレミアムクラスの車両が、フロントサスペンションの取り付け部のストラットハウジングを、アルミダイキャスト製としているのに対し、クラウンはオーソドックスなスチールパネルである。
サイドメンバーの前端には、フロントサイドメンバーエクステンションを介して、下の写真のフロントバンパーレインフォースが取り付けられる。こうして、エンジンコンパートメントの前後を、フロントサイドメンバー、ダッシュロアメンバー、フロントサイドメンバーの太い骨格が、ほぼ同一平面で配置されることで、強固な構造となっている。
バンパーレインフォースは一定断面のアルミ押し出し材で、最近の日米欧の多くの車両で採用している構造である。トヨタはクラウンだけでなく、プリウスでもフロントでアルミ押し出し材を使う一方、リヤバンパーレインフォースはホットスタンプ材のスチールを使っている。フロントサイドメンバーエクステンションはスチール製で、車両進行方向と直角にビードがプレスされている。これは、通常走行時には、操縦安定性向上や車体の振動抑制のために、車体剛性向上を図る一方、衝突時の大入力が加わると、このビード部でアコーデオンのように変形させてエネルギーを吸収することが狙いである。
下の写真は、ラジコアサポートで、エンジンコンパートメントの前端部で、ラジエーター、コンデンサー、ヘッドランプ等を保持する役目を果たす。上部の両端はフードリッジパネルと繋がり、エンジンコンパートメントの捩じり剛性向上に寄与している。他社の最新の車体構造では、この部品の樹脂化が進んでいるが、トヨタ車はオーソドックスなスチール製である。トヨタは、この構造の方がコストが安く、車体剛性も有利という判断だと思われる。
![]() ラジコアサポート(分解後) |
![]() ラジコアサポート(車両装着状態) |
キャビン周り構造
![]() フロントピラー、Bピラー、サイドシル |
![]() ルーフクロスメンバー、Bピラー、フロントフロアクロスメンバー |
キャビンまわりは、衝突時に極力変形を抑えるために、サイドシル、フロントピラー、Bピラー、フロントフロアクロスメンバー等が、強固な骨格となる構造となっている。特に、側面衝突時に横方向からの入力に対し、Bピラーとフロアクロスメンバー、ルーフクロスメンバーそれぞれの接合部を一致した配置とすることで、強固な環状構造を作っている。
![]() ルーフレールとルーフボウ |
![]() リヤフェンダー一体ボディサイドパネル |
前後のルーフレール、中央のBピラーを繋ぐルーフセンタークロスメンバー、さらにその間にルーフボウが前側に1本、後側に2本が設定され、ルーフの張り剛性だけでなく、車体捩じり剛性向上にも寄与している。
ボディサイドは、フロントピラー、Bピラー、サイドシルアウター、ルーフサイドレールアウターとリヤフェンダーが全て一体成型され、大きな一枚のパネルとなっている。ドア開口部の寸法精度を高めて、ドアの開閉操作性、遮音性能、気密性を高めている。
リヤフロア周りの骨格
オーソドックスなドアパネル構造
![]() リヤドアインナーパネル |
![]() フロントドアインナーパネル |
ドアパネルはドアモジュール構造ではなく、ドアインナーパネルに、レギュレーターやドアロック、スピーカー等を順次取り付けていく、オーソドックスな構造である。
![]() ドアガードバー(スチールパイプ) |
![]() ドアガードバー(スティフナー) |
側面衝突時用のドアガードバーは、スチールパイプを両端のブラケットを介して、ドアインナーパネルに溶接されている。さらに、スチールパネルのスティフナーも併設されている。どちらも、ドアアウターパネルとわずかな隙間を設け、数か所に接着材を使って、ドアアウターパネルの面剛性を保持している。これは、ドアアウターパネルの耐デント性向上、ドア開閉時の振動音の低減に効果がある。
リヤバンパーレインフォースとリヤパネル周り構造
無駄のない一直線のステアリングメンバー
徹底的にシールされている車体接合部
制振材が徹底的に塗布されたフロアパネル
![]() フロントフロア |
![]() リヤフロアとシートバックパネル |
フロアパネルは制振材がほぼ全面に塗布されている。これは一般的なメルシートと呼ばれるシート状の制振材ではなく、アイシン化工が開発した、自動ロボットで塗布する塗料タイプの制振材である。これは、シート状制振材では貼付が難しい縦壁面や、パネル下面へも塗布できること、塗布部位を正確に指定できることが特徴である。
また、シート状の制振材に比べて、車体接合部の板厚段差などにも密着して塗布でき、さらに塗布剤の制振性能も高めているため、従来の制振材に比べて30%軽量化が可能だという。そして、前述のアンダーフロア下面側にも、パネル接合部のシーラー材として使用している。
(トヨタ4代目プリウス(下)新プラットフォームTNGAの車体構造と遮音吸音材・制振材の技術(2016年3月)参照)
![]() リヤホイールハウス内側 |
![]() リヤフロア(スペアタイヤパン前側) |
エンジンルームの遮音材
![]() エンジンルーム周囲にシールラバーが全周設定されている |
![]() 左右及び後ろ側のシールラバー |
エンジンルームの遮音は、ダッシュパネルを通じて車室内への音を遮断するだけでなく、上下左右に音が漏れないように、冷却風の通路以外は、密閉するという考え方である。エンジンルームの上端部の前後左右の4つの辺は、フードパネルとシールラバーでシールされている。
![]() フードパネルに設定されたシールラバーと吸音材 |
![]() ダッシュパネル吸音材 |
ダッシュパネルのエンジンルーム側には吸音材が設定されているが、厚みは10mm以下で、ビニール系やゴム系の遮音層はなく、フードインシュレーターとほぼ同構造の簡素な部品である。
![]() エンジンカバー |
![]() エンジンカバー裏面の吸音材(シンサレート) |
エンジン上部は、エンジン外観をきれいに見せるためのエンジンカバーが設定されているが、裏面には全面にシンサレートが設定されており、エンジン本体からの高周波音を周囲へ漏れないように考慮されている。
![]() エンジンアンダーカバー裏面に設定された吸音材 |
![]() エンジンアンダーカバー(車両下側面) |
エンジンアンダーカバーのエンジンルーム側にも、吸音材が設定されている。エンジンアンダーカバーは、エンジンルーム下側を密閉するように設定されており、空力性能だけでなく、騒音の遮断も徹底されている。
ホイールハウス内にインナーフェンダーの裏面にも、車両後方側にシンサレートが添付されている。エンジン音、ロードノイズ等の高周波音が、フロントフェンダー内側の空洞部から車室内に伝わるのを低減している。
フロア部分の遮音吸音材と制振材
![]() フロアカーペットの裏面 |
![]() フロアカーペット |
フロアカーペットの裏面には、わずかな遮音材が貼りつけてあるが、その厚みはこのクラスの高級車としてはとても薄い。カーペットの基材も薄く、遮音材と合わせても10mm以下程度である。
![]() フロア部分の遮音吸音材(前側) |
![]() フロア部分の遮音吸音材(後側) |
フロアカーペットとフロアパネルとの間に、フェルト材が設定されているが、厚みも一般部では10~20mm程度で、欧州のプレミアム車が30mm以上であるのと比べて薄い。リヤシート下の車体との間には、遮音吸音材が設定されていない。欧州プレミアム車は、これらのフェルトもフロアカーペットに一体成形で、極力隙間を無くす構造としているが、クラウンは車体のフロアパネルの接合部のシール性を向上することで、室内側の遮音材を簡素化していると思われる。
キャビン上部の遮音吸音材
アンダーフロアの空力部品
![]() アンダーフロア下面 |
クラウンの床下は前から後ろまで、アンダーカバーや整流板が設定されており、ほぼフラットボトムとなっている。トランスミッションのオイルパンとフューエルタンクの下面も、整流効果を考えたフラットな平面形状である。これらにより、空気抵抗係数の低減、そしてリフトを低減することで、高速走行時の操縦安定性を向上している。さらに、これら空力性能のための整流板の設定により、床下からの風音や様々な走行音を遮断することで、静粛性にも大きく寄与している。
![]() エンジンアンダーカバー |
![]() フロントフロアサイド部整流板 |
![]() フロントフロア中央部部整流板 |
![]() リヤフロア後端部整流版 |
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