米国の自動車関税、トランプ政権下での貿易政策
NAFTA改定交渉、中国との貿易戦争、鉄鋼・アルミ関税
2018/09/27
要約
2016年の大統領選挙戦から大統領就任にかけて、ドナルド・トランプ氏は中国とメキシコからの輸入品を主な標的として様々な関税を提案した。例えば、大統領選立候補演説では、トランプ氏はメキシコから輸入する自動車と自動車部品の両方を対象として35%の関税を賦課するよう提案した。ニューヨーク・タイムズ紙とのインタビューでは、トランプ氏は中国からのすべての輸入品に45%の関税を課す案も表明していた。また、関税が米国の貿易赤字を縮小し、国内産業を強くし、雇用を拡大するとの考えを示している。
2018年に入ると、トランプ大統領はこれまで掲げてきた提案を実施に移し、様々な製品への関税発動を開始する。米国大統領が徐々に各種の通商法を根拠として関税を追加する権限を手中にすることで、トランプ氏は目的実行を可能にした。これらの関税は、カナダ、メキシコ、中国など、影響を受けた国々を報復的な行動に駆り立てている。特に、米国と中国の間での通商摩擦が、対象製品の金額を積み上げる報復関税の応酬となり、世界を巻き込んだ貿易戦争に発展する懸念が増している。
追加関税の発効と更なる関税の脅威が合わさって、米国経済と自動車産業に影響を及ぼしている。自動車メーカーやサプライヤーは各社の年度見通しの修正を行っている。短期的には企業は追加関税による負担を吸収するが、これが継続する事態になれば、コストは最終的に消費者に転嫁されることになる。ピーターソン国際経済研究所は、自動車の関税率が25%になると、米国の自動車および部品の生産は1.5%減少し、雇用は1.9%減少すると分析している。
さらにトランプ政権は現在、カナダおよびメキシコとNAFTA見直しを進めている。現在、暫定的に米国とメキシコの2カ国間での合意が成立している。二国間協定の改定は、米国とメキシコでの現地生産比率の向上を図ると共に、より賃金の高い国での生産比率を増やすことを求めている。自動車産業との関連において、これらの変更は主に米国への生産シフトを目的としたものである。
本レポートでは、米国をめぐる貿易紛争と関税措置、ならびにその影響について現在の状況を概説すると共に、米国、メキシコ、カナダ間のNAFTA改定に関する現時点での進展を要約する。
MarkLinesインタビュー NAFTA改定に関して、メキシコに拠点を持つ日系大手部品メーカーの経営幹部のコメント 「賃金条項にある「時給16ドル」は、ミシガン州を中心としたUAW(全米自動車労働組合)加入の企業が多い地域の水準であり、日系メーカーが多く進出するケンタッキー、テネシー、テキサス、アラバマなどの中南部の賃金は13~14ドル程度。仮に米国生産に切り替えても、16ドルの条件を満たすことができない。また、設備の移管工事そのものは容易ではない。いずれにせよ、協定発効に至るまでには両国の議会の承認を取り付ける必要があるが、合意内容の細部はまだはっきりしない点が多い。部品メーカーとしては両国政府・議会とカーメーカーの動向を見守る以外ない。」 |
関連レポート:
中国市場2018年上半期:販売台数1,400万台超、伸び率5% (2018年8月)
FCAの新5カ年計画:Jeep、Alfa Romeo、Maserati、Ramのラインアップを一新 (2018年8月)
Ford:2022年までに16車種のEVを投入、モビリティ・自動運転分野で提携拡大 (2018年6月)
OEM各社の米国投資動向 (2017年12月)
米国による鉄鋼・アルミニウム輸入関税
鉄鋼・アルミ関税をめぐる経緯
トランプ大統領は2018年3月1日、米国が鉄鋼に対して25%、アルミニウムに対して10%の輸入関税を課すと発表した。対象となる輸入品の総額は約480億ドルにおよぶ。この関税発動は1962年の通商拡大法第232条に基づくもので、同法は、「特定の物品が国家の安全保障上の脅威となる量、或いは脅威となる状況下で輸入された場合」、大統領が当該物品に対し関税を発動できることを規定している。
米国商務省は2017年4月、輸入品の鉄鋼およびアルミの潜在的な国家安全保障上の脅威について調査を開始した。商務省は2018年2月16日に調査結果を公表し、輸入品の鉄鋼およびアルミがそのような脅威に当たることを確認した。これらの報告書によって、一般市民は鉄鋼とアルミへの関税賦課の可能性があることを初めて知った。
関税は3月8日に正式に発表され、3月23日に発効した。当初カナダとメキシコはNAFTAの再交渉が進行中であることを理由に関税が免除された。 3月22日、米国は5月1日までの期限でEU、韓国、ブラジル、アルゼンチン、オーストラリアを暫定的な適用除外の対象に加えた。これにより、当初課税対象とされた輸入品の約3分の2が免除となった。
韓国は3月28日に鉄鋼輸出割当を減らすことを条件に恒久的に鉄鋼の関税を免除された。4月末には、米国はEU、カナダ、メキシコに対する適用除外を6月1日まで延長し、一方でアルゼンチン、オーストラリア、ブラジルに対しては適用除外の恒久化を提案した。 6月1日までに、オーストラリアは鉄鋼・アルミ貿易の制約が解かれ、アルゼンチンは関税免除と引き換えに両製品の輸入割当を受け入れ、ブラジルは関税免除と引き替えに鉄鋼の割当を受け入れたが、10%のアルミ関税は残ることになった。トランプ大統領は2018年8月10日、自身のツイートで、トルコからの鉄鋼およびアルミの輸入税率を2倍にすると公表した。これにより、鉄鋼とアルミに課される関税はそれぞれ50%と20%に上昇することになる。
鉄鋼・アルミ関税に対する報復措置
![]() |
米国の鉄鋼・アルミ関税に関する措置のタイムライン |
関税の適用猶予期間が過ぎた、あるいは適用除外措置が受けられなかった主要な貿易相手国は、米国の関税発動に対する報復手段の行使を開始した。
- 4月2日、中国は約28億ドルの鉄鋼・アルミ輸出に対する米国の関税に対抗して、米国製品24億ドル相当への関税賦課の発動を行った。
- 6月6日、メキシコは米国による約29億ドルの鉄鋼・アルミ関税に対抗して、約30億ドル相当の様々な品目への関税賦課を発動した。
- 6月22日、EUは77億ドルの鉄鋼・アルミに対する課税への対抗措置として、先に予告していた32億ドルに及ぶ品目リストを対象とした関税を実行に移した。なかでも6月25日にHarley-Davidsonがオートバイへの関税を避けるために生産の一部を米国外に移すと発表したことは注目を集めた。
- 7月1日、カナダは総額124億ドル相当の鉄鋼・アルミ関税に対して、総額128億ドルに及ぶ製品への関税を実施した。
- 8月15日、トルコは米国からの特定の輸入品に対する関税引き上げによる報復措置をとった。とくに米国製の自動車に対しては関税を35%から120%に引き上げている。
自動車メーカーとサプライヤーに対する課税の影響
鉄鋼・アルミへの関税賦課を受けて、自動車メーカーやサプライヤー各社はより慎重で保守的な構えを見せると共に、収益予想の見直しを行った。MagnaのCEO、Don Walker氏は、CNBCとのインタビューで、2018年第2四半期の売上高と収益が過去最高となったにも拘わらず、関税の影響を理由に北米での年間収益計画を下方修正したと語った。Walker氏は、現在の関税はMagnaにとって年間6千万ドルのコスト増要因になると見込む。時事通信は、鉄鋼・アルミ関税はデンソーの利益を約20億円減少させると報じた。さらにデンソーは、米国がすべての輸入車と自動車部品に関税を賦課した場合、年間で700億から800億円の減益をもたらすと試算する。
ロイター通信によると、オーストリアの鉄鋼メーカーVoestalpineのCEO Wolfgang Eder氏は、鉄鋼への関税を避けるために、自動車関連の生産活動の一部を米国からメキシコにシフトすると語った。この移管は2018年秋に完了する予定。Eder氏は関税追加の動きにも拘わらず、米国や中国の自動車メーカーからの引き合いは増えていると言う。この関税はまた、より小規模のサプライヤーへの脅威ともなっている。Detroit Free Pressの報道では、ミシガン州Auburn Hillsを本拠とする鉄・アルミ製自動車部品会社であるLucerne Internationalは、収益マージンが低く、関税が実施された場合はそれによる収益減に3カ月以上耐えることはできないと述べた。
デトロイトのビッグスリーの第2四半期の収支報告は、3月23日の鉄鋼・アルミ関税発動後の最初の決算状況を示すものとなる。General Motors、Ford、Fiat Chryslerは、いずれもアルミ・鉄鋼関税が大幅なコスト増をもたらすと口を揃える。結果として、3社とも2018年の見通しを以下の通り減額修正した。
- GMは1株当たり利益(EPS)を6.3~6.6ドルから6.0ドルへ、4.7%から9.1%の幅で下方修正した。
- FordはEPSを1.45〜1.70ドルから1.30〜1.50ドルに10.3%から11.8%の幅で引き下げた。さらに2018年は材料費が2017年に比べて3億ドル増加し、その半分が関税に起因するとしている。
- FCAは純売上高を5.6%から8.0%の幅で下方修正し、1,250億ドルから1,150~1,180億ドルに減少するとした。
米国経済への影響
Autotraderのアナリスト、Michelle Krebs氏は、National Public Radioとのインタビューで、鉄鋼・アルミの関税による自動車1台当たりのコスト増は200〜300ドルになるとの推定を示し、自動車メーカーは現時点では短期的にコスト増加を吸収しているが、最終的にはそのコストは消費者に転嫁されると予想する。貿易・経済コンサルタント会社Trade Partnership Worldwide LLCは、鉄鋼・アルミ関税とそれらへの報復措置が米国のGDPを0.2%低下させ、加えて米国の輸入と輸出がともに減少すると見込む。関税は鉄鋼・アルミ産業で26,280人の雇用を生み出すと期待される一方で、関税発動から3年以内に米国の他の分野では432,747人の雇用減少が想定される。Trade Partnership Worldwideは、結果として米国のすべての州で雇用の純減が生じると予想している。
米国議会調査局によると、鋼鉄・アルミ関税が発動された3月23日から7月16日までの期間で、米国は鉄鋼とアルミへの関税からそれぞれ11億ドルと3億4,420万ドルの税収を得た。米国は2017年に290億ドル相当の鉄鋼と174億ドル相当のアルミを輸入している。鉄鋼・アルミの関税による増収効果は、この2017年の輸入額に基づくと、鉄鋼から58億ドル、アルミから17億ドルの総額約75億ドルとなる。トランプ大統領は、関税収入が米国の財政赤字削減に貢献するだろうとしている。
貿易紛争が追加関税の応酬に発展する可能性
トランプ大統領のツイートやその他の声明を通じたトルコを標的とした関税の発表に対して、多くのメディアは、これが米国とトルコ両国の関係を悪化させ、特にトルコによる米国牧師拘留への報復と捉えた。トルコに対する関税引き上げの実施、さらには他の関税の発動によって、米国政府が今後自国に不利益と見なした行為に対しては関税で対抗するかも知れないという懸念が世界に広がった。
自動車と自動車部品に対する関税賦課への動き
自動車関税の発表、巻き起こる反発と報復
米商務省は2018年5月23日、自動車や自動車部品の輸入が国家安全保障上の脅威になるか否かの調査を開始した。自動車への関税が実施されれば2,000億ドル相当の輸入品がその対象となる。調査の結果報告と勧告が2019年2月中旬に予定されている。
7月19日と20日に開催された公聴会では、自動車業界の代表グループから主に課税案に対する反対意見が寄せられた。労働組合はより好意的な立場に立つものの、世界規模でサプライチェーンがダメージを受ける可能性があると政府に対して警告を発した。公聴会以外の場でも、様々な組織が車の関税によって起こりうる問題を挙げてこれに反対する声明を出している。GMは、関税が投資や雇用を減退させ、競争力の低下につながると指摘する。トヨタは、関税が発動された場合、ケンタッキー州Georgetownで生産されたCamryで1,800ドルのコスト上昇を招くとしている。
トランプ大統領と欧州委員会のJean-Claude Juncker委員長は、7月25日に開催されたホワイトハウスでの会議の後、追加の自動車関税の発動は避けるとの声明を出した。両者は、関税と非関税障壁の撤廃を目指す貿易交渉を進めるとの合意に達した。しかし、8月下旬になって米国とEUの交渉は進展を見せていない。Bloombergによると、EUの通商担当Cecilia Malmstrom委員は、「もしも米国が同様の措置をとるのであれば、EUは自動車の関税のみならず全ての物品の関税を引き下げてゼロにする用意がある」と述べた。トランプ大統領はこの提案を拒否し、「それでも十分ではない。欧州消費者は、我々の車でなく欧州の車を買うことが習慣となっているからだ」と述べた。
トランプ大統領による提案拒否により、欧州と米国の間の緊張は再び高まりを見せた。8月31日付ロイター通信によると、Jean-Claude Juncker委員長は、もし米国がEUに対して自動車関税を発動すれば、EUは独自の関税でこれに対抗すると述べた。
米国経済への影響
大手自動車メーカー12社を代表する米国自動車工業会は、輸入車に対する25%の関税は自動車の原価を平均5,800ドル増加させると推定している。これによる米国の消費者のコスト負担の増加は年間450億ドルになる。ピーターソン国際経済研究所は、エントリーレベルのコンパクトカーの平均価格が1,408ドルから2,057ドルの幅で増加すると予測する。コンパクトSUV・クロスオーバー車は平均価格で2,093~3,066ドル増加し、プレミアムコンパクトSUV・クロスオーバーであれば、平均価格の増加は4,708~6,972ドルにもなる。
ピーターソン国際経済研究所はまた、関税が発動された場合の米国市場全体への影響の調査、分析も行っている。それによれば、1年から3年の期間にかけて、関税は米国の車両および自動車部品の生産を1.5%低下させ、関連業界の雇用は1.9%減少し、およそ195,000人にのぼる雇用が米国から失われると想定される。貿易相手国が類似の関税発動という形で報復に出れば、その影響はさらに深刻になる。そのシナリオでは、米国の自動車および自動車部品の生産減は4.0%、雇用減は5.1%になり、米国で失われる雇用総数は624,000人に及ぶ。
2017年に米国は、主にEU、カナダ、日本から1,838億ドル相当の乗用車を輸入した。加えて、主にメキシコとカナダから264億ドルのトラックを輸入している。2017年の輸入実績に基づくと、乗用車とトラックへの25%関税が適用された場合、すべての輸入乗用車と242億ドル相当の輸入トラックが影響を受ける。この242億ドルのトラック輸入は、現在NAFTAのもと無関税でカナダとメキシコから米国が輸入しているトラックの金額に相当する。その他の国々が米国に輸出するトラックにはすでに25%関税が適用されている。
米国からは2017年に511億ドル相当の乗用車と151億ドル相当のトラックが輸出されている。乗用車がカナダ、中国、EUを主な輸出先としているのに対し、トラック輸出の大半はカナダ向けであった。
米国と中国の貿易戦争
米中間の通商摩擦の経緯
鉄鋼・アルミ関税をめぐる米中の措置に加えて、両国間の貿易戦争はさらに踏み込んだ段階へ発展した。トランプ政権は、関税賦課は不公正な貿易慣行や米国の利益に反する経済的行為と戦うために必要なものであると表明する。2018年3月22日に発表された米貿易代表部の報告書は、1974年の通商法301条により不公正行為に対する関税賦課は正当化されるとしている。これに対して中国は、関税措置がWTO(世界貿易機関)のルールに違反するとし、自国の関税発動という報復措置に出た。
米中間の貿易紛争は9月現在、両国により相互に500億ドル相当の品目に関税が発動され、さらに米国の輸入品2,000億ドル相当、中国の輸入品600億ドル相当に関税賦課が実施される状況に至っている。
米国貿易代表部の報告書が発表された後、トランプ政権は4月3日にハイテク製品と電子機器を中心とする関税の対象となる500億ドルの製品リストを発表した。その翌日、中国は対抗措置として乗用車を含む500億ドルの関税対象製品のリストを発表した。米中両国の関税対象品リストは、それぞれ6月15日、16日に確定された。内容の見直しを経て、両国は7月6日に340億ドル相当の輸入関税をそれぞれ発動した。両国の関税賦課リストの残り160億ドルは8月23日に発動された。米国に対する中国の関税160億ドルには自動車に対する25%の関税が含まれている。
![]() |
米中貿易摩擦のタイムライン |
米国政府は、中国による報復措置の通知を受けて、さらに中国からの輸入品1,000億ドルに対して10%の関税賦課を検討すると発表。6月18日、トランプ大統領は関税対象を拡大して2,000億ドル相当の輸入品の関税を引き上げるとした。8月1日、トランプ政権は2,000億ドルの対象品の関税率を10%から25%に引き上げることを検討していると認めた。これに対し中国は8月3日、600億ドル相当の米国の輸出額に対してさまざまな料率の関税賦課で報復すると発表した。9月7日にはトランプ大統領がさらに2,670億ドル分を関税対象に加えると警告。これらを合計すると、関税の対象は2017年の中国からの輸入品の総額5,050億ドルを上回ることになる。
トランプ大統領は9月17日、中国からの輸入品2,000億ドル相当に関税率10%を課すことを発表、9月24日に発動した。2018年末には25%に引き上げられる。これに対し、中国政府は9月18日に米国からの輸入品600億ドル相当に5~10%の関税を課すと発表、9月24日に発効した。
自動車メーカーと部品サプライヤーへの影響
自動車メーカー各社は、米中間の貿易紛争によって従来の業績見通しに対して売上減とコスト増の影響が出ると予想している。Daimlerは米国から輸入するSUVの販売減少を反映して中国の販売見通しを下方修正した。関税の影響を受ける車種の具体例としては、中国から輸入されているGMのSUV、Buick Envisionがあげられる。関税発効によってEnvisionの価格は8,000ドル上がることになり、さらに最悪の場合、GMは米国でのEnvisionの販売を全て停止せざるを得なくなる。Fordは2018年8月31日、中国からの輸入関税を考慮して中国で製造しているクロスオーバー車、Focus Activeの米国販売をキャンセルすると発表した。
貿易紛争は米国に生産工場を持つ外国メーカーに極めて大きい不確実性と混乱をもたらしている。BMWが2017年に発表したサウスカロライナ州のSpartanburg工場がその一例としてあげられる。2021年までに6億ドルを投資する同工場では、クロスオーバー・SUVのXシリーズに注力して生産する予定で、この投資によって約1,000人の雇用が創出されるとしていた。BMW X5は2017年に中国で最も売れる米国製モデルだが、中国による関税発動によって販売の減少が予想される。このためBMWが1,000人の雇用を創出できるかどうかは不透明のままである。また、Xシリーズのモデルの中にはSpartanburg工場が唯一の生産工場になっているという点も状況を複雑にしている。
![]() |
Volvoのサウスカロライナ州Charleston工場(資料: Volvo) |
VolvoがS60セダンを生産するため、2018年6月にサウスカロライナ州Charlestonに建設し、9月にS60の生産を開始した新工場も似た状況にある。この新工場はフル稼働で年間約15万台の生産能力を備え、その半数を米国外に輸出する計画になっている。当初は4,000人の新規雇用を創出するとしていたが、Volvo Carsの最高経営責任者Hakan Samuelsson氏は、貿易の障壁や制限があれば予定した規模の雇用の創出は困難であると述べ、関税が雇用拡大に及ぼす影響について警鐘をならす。
米中間に貿易不均衡があるため、中国は米国が賦課する関税に対して同額の対抗手段が打てないことに留意する必要がある。米国による関税が中国が対応できる範囲を超えれば、中国は米国の不利益になるような他の手段に訴える可能性が高い。例えば、米国企業の規制を強化し、中国からの資金移転を制限し、外国企業への課税を増やすといった方法がある。中国に生産拠点を持つ米国の自動車メーカーが投資やビジネス拡大に必要な中国政府の承認を得ることが困難になる可能性がある。2018年7月、Teslaは上海に同社のアジア初となる製造工場を建設する計画を公表している。 現在、中国で販売されているTeslaのモデルは全て米国からの輸入であり、これは同社の全販売台数の14%を占めている。極端な場合、中国は2017年に韓国メーカーに行ったのと同様に、米国企業や商品のボイコットを呼びかける可能性もある。
自動車への関税問題にも拘わらず、中国は2018年7月に月次での新記録となる74億ドルの自動車輸入を報告している。外国自動車メーカーによる2018年7月の中国への自動車輸出は約165,000台となり、これまでの記録である2014年7月の自動車輸出134,000台を上回った。これらの記録は米国以外の国からの輸入車の関税が大部分の車種で25%から15%に引き下げられ、欧州および日本からの輸入が増加したことが貢献したと見られる。結果として、欧州や日本の自動車メーカーは世界最大の自動車市場で拡販を果たした。
貿易紛争の過熱とさらなる追加関税の可能性
米中間の貿易紛争をめぐっては、米国が関税賦課の意欲を示し、中国は一貫して報復措置を実施しこれに対抗してきた。このことから、両国とも今後も追加関税を発動する可能性が高いと見られ、両国間の貿易紛争がいつまで続くのかは不透明な状況である。トランプ大統領は7月20日、中国からの全ての輸入品への関税賦課も辞さないと述べた。
この不確実性は、2018年5月の一連の出来事によって一層際立ったものとなった。5月19日、米中間で行われたワシントンD.C.における貿易交渉では、直近での関税発動を避ける交渉の筋書きが描かれた。ところが5月29日にトランプ政権は、それまでの協議進展を覆し、500億ドル相当の製品に対する関税賦課を進めると発表した。8月16日には米中間の紛争は、両国が暫定貿易協議を再開したことで再び解決の兆しを見せた。しかし、8月22日のロイター通信とのインタビューで、トランプ大統領は「多くを期待しない」と語った。9月12日、トランプ政権は中国当局に貿易交渉再開を呼びかけた。この招待状は9月13日に中国当局によって好意的に受け入れられた。しかし、両国が貿易交渉に関心を示した直後に、新たな関税が正式に発表された。
NAFTA改定交渉
NAFTA見直しの現状
2018年8月27日、米国とメキシコは北米自由貿易協定(NAFTA)の一部を改定する合意に達したと発表した。現在、カナダはNAFTAの議論に2カ月以上関与しておらず、今回の暫定改定は米国とメキシコの2国間のものとなっている。カナダは2018年8月28日にNAFTAの協議に復帰した。3カ国は近い将来、理想的には9月末までにカナダが参加する形で最終合意に達することを目指している。もしも3国間合意に達しない場合は、将来カナダが協定に参加する可能性を残しつつ、米国とメキシコが合意した改定内容が維持されることになる。
今回の改定は主に自動車の生産に焦点を当てたもので、自動車に関連する生産活動の一部をメキシコから米国にシフトさせることを狙っている。留意すべきは、改定の合意内容は、米国がメキシコとカナダを含む全ての貿易相手国に課した鉄鋼・アルミ関税を解決するものではないという点である。
今回の変更点の1つは、北米で販売される車両の正味価値の75%が、米国またはメキシコで生産される部品であることが求められている点である。 これまでのNAFTAにおける「原産地規則」の要件では、62.5%を米国、メキシコあるいはカナダで調達される部品とされてきた。既存の生産工場で組み立てられ、これらの要件を満たさない車両は2.5%関税の対象となり、今後立ち上がる工場での生産車両に対してはより高率の関税が課されることになる。
もう1つの変更点として、平均時給が16ドル以上の労働者による生産部品の正味価値に占める割合が規定された。改定では1時間当たり16ドル以上の賃金水準の地域で、車両の価値の40~45%が生み出されていることが要件となる。 最後に、新たな合意には、「日没条項(sunset clause)」が織り込まれた。これは今回の合意の有効期間として16年を保証した上で6年毎の見直しを行うもの。 各見直しにおける合意内容はさらに16年間有効となる。
米国とメキシコは今回のNAFTA改定に際して、米国への輸入車に対する潜在的な自動車関税を回避するための付帯条件合意の交渉を行っている。これは、米国が通商拡大法232条に基づく25%の自動車関税の発動を決定した場合でも、メキシコはNAFTAの他の要件を満たしている限り、一定の限度まで無税で自動車を米国に輸出することができるというもの。メキシコのIldefonso Guajardo経済大臣は、その上限について具体的な数字の言及は避けたが、現在のメキシコから米国への輸出量を大幅に上回る水準であるとしている。
注:2018年10月掲載レポートで内容を更新 USMCA:米国・メキシコ・カナダによる3カ国間の新貿易協定
NAFTA改定の影響
現時点で明らかにされた詳細を見ると、米国とメキシコの2国間のNAFTA改定は米国の製造業と経済成長の促進を目的としている。例えば、最低時給16ドルの労働者による自動車の生産割合を40~45%とする要件は米国の製造業に有利なものである。Trading Economicsによれば、メキシコの製造業の平均賃金は時給2.48ドルとなっている。結果として、より賃金が高い米国、あるいは潜在的にはカナダでの車両部品の生産が増えることで、車両のコストと価格が上昇する可能性が高くなる。
さらに、ピーターソン国際経済研究所の報告では、現時点で輸入車はNAFTA域内の調達率の要件なしに2.5%の関税を支払うだけとなっている。原産地規則の要求が自動車メーカーにより高コストのサプライヤーへの調達切り替えを迫り、さらに追加コストが賦課される関税よりも高い場合には、改定は潜在的に輸入者に有利に働くであろう。しかし、トランプ政権が外国製の自動車に25%の関税を課す決定をすれば、自動車輸入による利益は打ち消されてしまうであろう。いずれのシナリオになるにしても、自動車のコスト増加は避けられないと考えられる。
一方で自動車研究センター(Center for Automotive Research)は、その調査報告の中で、大きな混乱が北米全域に及ぶ可能性を指摘している。ピーターソン国際経済研究所による消費者コストが増加するという総論には同意しつつ、米国での自動車販売の減少、米国からの輸出の減少、ならびに北米全域にわたる自動車生産の減少の可能性にも言及している。最小限に見積もっても、自動車メーカー各社は原産地規則と賃金条項の改定への対応を反映した域内戦略の見直しを迫られる。
LMC Automotiveによれば、GMが2017年に輸入した車両合計1,077,865台のうち、カナダからの輸入は322,144台、メキシコからは577,630台となっている。同様にFCAは合計1,024,734台の輸入車の内訳としてカナダから448,172台、メキシコから417,660台、Fordは合計521,226台の輸入実績にカナダからの199,117台、メキシコからの283,259台が含まれている。トヨタはカナダで約570,000台を生産し、これは同社のメキシコ生産の約4倍におよぶ。カナダを排除した形で将来的な追加関税の可能性を残したままでの二国間協定は、北米における自動車メーカー各社の事業展開に大きな影響をもたらす。
NAFTA改定に対する各社の反応
今回のNAFTA改定の発表に対する業界各社の当初の反応はポジティブなものだった。これは、2017年に協議が始まって以来続いていたNAFTAに係わる全般的な不確実性が緩和したことによる。しかし、NAFTAの改定がまだ確定的なものでないことから、当分の間は状況を見守るといったスタンスをとっている。あるメキシコの自動車部品サプライヤーは、カナダの参画の有無に拘わらず、NAFTAの詳細全容が明らかになるのを待っており、具体的な行動はその後になると語った。北米日産のDenis Le Vot上級副社長はロイターとのインタビューで、同社は米国に軸足を置いているものの、行動を起こすためにはNAFTAの詳細を知る必要があるとしている。「我々は全ての詳細を入手するべく米国政府とメキシコ政府に積極的に働きかけている。入手した内容を見て初めて『OK、我々がすべきことはこれだ』と言うことができる。」
大手日系部品メーカーのある経営幹部は、メキシコで事業展開するサプライヤーにとっての潜在的な困難さを指摘する。「賃金条項にある「時給16ドル」は、ミシガン州を中心としたUAW(全米自動車労働組合)加入の企業が多い地域の水準であり、日系メーカーが多く進出するケンタッキー、テネシー、テキサス、アラバマなどの中南部の賃金は13~14ドル程度。仮に米国生産に切り替えても、16ドルの条件を満たすことができない。また、設備の移管工事そのものは容易ではない。いずれにせよ、協定発効に至るまでには両国の議会の承認を取り付ける必要があるが、合意内容の細部はまだはっきりしない点が多い。部品メーカーとしては両国政府・議会とカーメーカーの動向を見守る以外ない。」
貿易紛争の過熱とさらなる関税追加の可能性
米国とメキシコ間のNAFTA改定発表前の2018年8月10日、トランプ大統領は自身のツイートで、カナダの貿易障壁のために自動車に関税を課す意向を示した。「メキシコとの交渉はうまく進んだ。自動車産業や農業の労働者は大事に扱われるべきであり、そうでなければ合意はありえない。メキシコの新大統領は立派な紳士だ。カナダとの交渉が控えている。カナダの関税や貿易障壁はあまりに高すぎる。米国は交渉合意ができなければ自動車に課税する!」と書き込んだ。
NAFTA改定の発表後、トランプ大統領は再び声明を出し、カナダが協議に合意せずに特定の製品、特に乳製品における譲歩を求めた場合、関税追加がありうると述べた。トランプ大統領は、「カナダに対して正直に言えば、一番手っ取り早い方法は輸入車に課税することだ。巨額になるし、極めてシンプルな交渉だ。いつか交渉を決着させれば次の日に我々は大金を手にする。」
------------------
キーワード
米国、カナダ、メキシコ、NAFTA、中国、トランプ政権、貿易
<自動車産業ポータル マークラインズ>