完全自動運転の実現に向けた高性能センシング技術
名古屋オートモーティブワールド2019:Velodyne LidarとValeoによる専門セッションより
2019/10/07
要約
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Velodyne LiDAR社のライダー「Alpha Puck」をルーフに装備した車両 |
2019年9月18日~20日に名古屋で開催されたオートモーティブワールドにおける専門セッション「完全自動運転の実現に向けた高性能センシング技術」では、Velodyne Lidar社とValeo Japan社からLiDAR技術の最新情報が紹介された。
自動運転技術が進展する中で、LiDAR(ライダー)と呼ばれるセンサーが注目されている。このレポートでは、2社の講演概要について報告するとともに、LiDARの基礎知識と、類似したセンサーとしてレーダーとの違いについて説明する。
今回登壇した2社の講演内容では、センサー部品単体のビジネスに終始するのではなく、積極的に自動運転時代における新しい事業拡大を目指しているという明確な方向が示されていた。
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LiDARとは・・・(レーダーの違い)
LiDARとは、Light Distance And Rangingの略称で、「光による距離と範囲の測定」の意味である。LiDARは光源としてレーザーを使用し、物体へ照射した反射光を受信することで、物体までの距離や形状を計測することが可能である。原理は以下の通り。
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図1 レーザーを照射した物体からの反射を検出してスキャンする | 図2 レーザー測位 |
(出典:講演内容をもとに筆者作成)
回転するレーザーから照射されるレーザー光を受光センサー(カメラ等)により検出する。レーザーの発光と受光の時間差から距離を算出する。LiDARはこの回転とレーザーの発光タイミングが早ければ早いほど検出精度が高くなるが、使用するセンサー自体のコストも高価になる。レーザーは精度が高いという長所に対して、波長の短い光であるが故に霧や雪などの影響を受けやすいという点が短所である。
一方、レーダー(RADAR)はRadio Detecting and Rangingの略で、「電波による距離と範囲の測定」という意味である。LiDARが光による測定に対して、レーダーは電波による測定という点が大きな違いである。電波は光よりも長い波長を使用するため、霧や雪などの影響を受けにくく、遠方の障害物まで検出することができる。一方で、光のような高精度なスキャンはできないため、対象物となる物体の形状を把握することはできない。原理は以下の通りである。
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図3 レーダーの仕組み概要 |
(出典:筆者作成)
レーダーから発信された電波は対象物まで到達すると、対象物で電波が反射される。対象物から反射された電波の一部がレーダーにより受信されることで、発信から受信までの時間差により対象物までの距離を測位することができる。
LiDARが自動運転技術において重要な位置づけである理由は、対象物の距離だけではなく、形状を把握することができる点に加え、3次元空間を把握することで自動運転システムが車両周囲環境を正確に知ることができ、精度の高い自動運転技術が確立できるためである。
しかし、前述したようなLiDARの短所を補うため、自動運転システムとしてはレーダーと併用されるケースが多い。高度な自動運転システムを構築するためには、更にカメラを用いた画像認識技術も欠かせない。
Velodyne Lidar:Lidar’s Role in Autonomous Driving(講演者:Mr. Michael Parkin)
Velodyne Lidar社と同社製品
Velodyne Lidar社は、1983年にVelodyne Acoustics社から分離されたシリコンバレーに拠点を置くLIDAR(ライダー)テクノロジー企業である。自動運転技術開発には欠かせないセンサーとして、同社のライダーは主要な自動車会社(2016年では25社)の開発プロジェクトに採用されてきた。同社ライダーは、水平360°、垂直20°~40°の範囲で測定可能なことが特徴である。
当初、自動車会社各社が使用していた同社のLiDARは、1基1,000万円といわれる高価な製品であった。1秒間に300,000をスキャン可能なセンサーであるが、高価格は実験段階での使用としては問題ないとしても、実証実験等でまとまった数の実験車両に搭載するにはハードルが高い商品である。そこで2018年に同社は価格を約半額の4,000ドルまで値下げをすると発表した。(参照ニュース:Velodyne、LiDARユニットの価格を半額の4,000ドルに値下げ)
今回の講演において、同社は2020年初めにさらに小型化されたライダーを市場投入するとの説明があった。これは、すでに発表されている VELARRY(2020年発売予定)の事である。現在、同社が市場提供している主なライダー商品は下表の通りである。
表1 Velodyne Lidar社の主なプロダクト
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(出典:Velodyne Lidar社資料をもとに筆者作成)
自動車向けライダー製品の量産化に向けて
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図4 自動運転技術を搭載したトラック (出典:Velodyne Lidar) |
Velodyne Lidar製商品のアーリーアダプター(最初の事業ターゲット)は、実は自動車ではなく「測位事業(地形測定や特殊現場での測位)」であり、次に商用自動車、乗用車と続く。自動車向け商品としては、100時間以上の試験を行う必要があり、現在は自社の装置を用いて人手で試験を行っているが 将来は自動化したいと考えている。
自動運転技術開発において、現時点では同社のライダー製品は量産車よりも商用向けでの採用が多い。これは現状の価格的な理由に加え、商用においては自動運転(ADASを含む)の開発が乗用車よりも進んでいることが理由であるとの説明であった。
価格の課題については2020年に投入する低価格ライダーによって量産車への搭載拡大に期待し、製造効率向上の課題については、製造過程における試験の自動化により製造工程を大幅短縮することで製品の量産事業を拡大することが当面の目標と定めている。
Velodyne Lidar社がめざす将来
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図5 Mapper.ai社のマッピング画像 (出典:Velodyne Lidar) |
Verodyne Lidar社は次のステップとして、ライダーに処理機能を内蔵した「インテリジェントなライダー」を提供したいとの趣旨を思わせる内容があった。具体的な説明はなかったが、Edge Computing技術を導入した製品を提供したいとの意図が伺える講演スライドが紹介された。
同社は2019年7月にマッピングとロケーションソフトウェアの開発会社である Mapper.ai社を買収している。この発表記事からも、同社のライダー製品を「現在のセンサー部品単体」として販売するのではなく、自動運転技術を支えるセンサーとソフトウェアのパッケージビジネスを目指していると受け取れる。実際このようなパッケージ製品が提供できるようになれば、自動運転技術を用いた製品の市場における開発は加速すると期待できる。
Velodyne Lidar社にとっては、より高度なセンサー技術を最適な使い方で提供できると同時に、センサーからの情報を取得することで、膨大なデータによるセンサーソフトウェアの改善にもつながる可能性がある。(カメラ画像処理技術を提供しているMobileye社が同様のビジネスモデルを展開している。)同社の今後の動向に期待したい。
Valeo:高度な自動運転を実現するヴァレオの車載規格対応レーザースキャナー(講演者:ヴァレオジャパン 岩井崇尚氏)
Valeo社の事業
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図1 Valeo社の事業構成比 (出典:Valeo社資料をもとに筆者作成) |
Valeoは1923年に設立されたフランス・パリに本拠を置く大手自動車部品メーカーである。事業売上構成比は以下の通り。
- パワートレインシステムビジネスグループ:28 %
- サーマルシステムビジネスグループ:28 %
- コンフォート&ドライビングアシスタンスビジネスグループ:18 %
- ビジビリティシステムビジネスグループ:26 %
自動車向けレーザースキャナー(LiDAR:ライダー)は、コンフォート&ドライビングアシスタンスビジネスグループ(以下CDA)に属する事業で、Valeo社ビジネスの中では今後の成長事業分野と位置付けられている。CDAの日本拠点における従業員数は約1,000名で、その内350名がエンジニアである。
講演の冒頭では、Digital Mobility に対するValeoの将来像が紹介された。「Valeo Voyage XR」と題されたこのコンセプトには、ライダーなど自動車部品だけの提供ではなく、モビリティサービス全体をサポートする企業に変わっていくという会社の方向性を示している。
(Valeo Voyage XRの参考映像:https://www.valeo.com/en/digital-mobility-a-societal-challenge/)
Valeo社が提供するレーザースキャナー
Velodyne Lidar社のライダーは、360°のレーザースキャンが可能だが、Valeo社の3Dレーザースキャナーは水平視野角145度、垂直視野角3.2度、車両検出範囲250メートルという車両前方のスキャン検出に注力している。(両方ともLiDAR:ライダーと呼ばれる部品である。)これは、Valeo社が自動車に対する広範囲なセンサーポートフォリオを有していることにも関連している。同社では自動車周辺の検知を複数のセンサーを用いることでカバーするシステムを前提に製品展開をしている。
Valeo社はレーザースキャナーの他にも、自動車向けセンサーとして、カメラ、レーダー(ミリ波、超音波)などの製品も販売している。これらのセンサーを組み合わせることで、自動運転技術に必要となる自動車周囲の検知・認知機能をカバーできるとし、下表を用いて説明がなされた。
表1 カメラとレーダーに対するレーザースキャナーの補完関係
Camera | Radar | Laser Scanner | |
---|---|---|---|
周囲状況の視認性 | High | Mid | High |
距離の測位性能 | Mid | High | High |
速度の測位性能 | Low | High | Mid |
輪郭の検出 | High | Low | Mid |
天候変化に対する性能 | Low | High | Mid |
夜間走行時の性能 | Low | High | High |
物体の認知性能 | High | Low | Mid |
(出典:講演内容をもとに筆者作成)
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図2 VALEO SCALA(出典:Valeo) |
Valeo社のレーザースキャナーは、VALEO SCALAとして製品を展開している。第1世代となるSCALAの特徴は以下のとおり。(出典:講演内容より筆者抜粋)
- 車載を可能にするコンパクトなデザイン
- マイクロメーター単位の高精度動作を保証し、低高温度範囲における動作保証をライフタイムで実現
- メカ部品への振動やサーマルショックに対する十分な堅牢性を実現
- ヒーター付きフロントカバーとセンサークリーニングシステムにより、冬季や悪天候でも検知性能を維持
- 水平視野角145度、解像度0.25度、車両検出範囲250m、垂直視野角3.2度、垂直検出面:4面、1秒間に25回スキャン可能。
3Dレーザースキャナーの量産
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図3 Audi A6への3Dレーザースキャナー搭載例(出典:Audi) フロントグリル内のエンブレム右横に搭載されている |
SCALAは2017年から市場に導入している世界唯一の車載グレード3Dレーザースキャナーであり、その実績としてAudiのA6, A7, A8, Q7,Q8 に搭載されている。
SCALAは2015年から車載要件を達成した少量生産ラインでの製造が始まっていたが、Audi車への搭載に合わせ、Valeo社のドイツ工場にて2017年より量産が始まっている。3D レーザースキャナーはマイクロメーター単位の高精度なアライメントが必要な光学設計部品を搭載した車載向け量産製品としては世界唯一のライダーである。量産当初は1,000ユーロを目標に開発していたが 現在は500ユーロを下回る価格で自動車会社へ納入されており、すでに10万ユニット以上のレーザースキャナーを出荷している。販売価格を500ユーロ以下に抑えることができた背景には、独自のテスト環境を確立することで、量産工程で最も時間がかかるテスト工程を大幅に削減することに成功した。
講演の中で、SCALAに関する映像を視聴可能なサイトの紹介があった。
Le radar Lidar Scala de Valeo, l’œil des voitures autonomes
https://www.youtube.com/watch?v=qfuVpTghT-w
Valeo社がめざす将来
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図4 レーザースキャナー「SCALA 2」 動画紹介 |
Valeo社では、2020年からSCALAの第2世代製品となる SCALA2の量産を開始する。この製品は第1世代のSCALAに比べ検知範囲は従来の250mから300mとなり、車両であれば150m、歩行者であれば50~70m付近の存在も検知可能である。またSCALA2では垂直視野角が改善され、車線検知能力が向上しているとの説明であった。つまり、白線認知が可能になったことを意味する。
SCALA2の製品コストは、第1世代のSCALAとほぼ同等の価格であることも大きなメリットである。現在、第1世代のSCALAは大衆車にも次々と搭載されており、発表から4年でライダー市場においてはTOPの座にあると自負しているという。(世界の新車4台のうち1台にValeoのADAS製品が搭載されている。)
SCALA2の登場によって、より精度の高い3Dレーザースキャナーが提供されるようになれば、自動運転技術を搭載した車の普及も伸びると期待できる。
今回の講演において「2019年フランクフルトモーターショーにおいて、第3世代となるMEMSを使ったライダーを展示する」との説明があり、次世代の可動メカレスレーダーへのアプローチも始まっている。しかし、コストと性能を考えると現時点ではメカ式が最適との説明であった。
MEMSとはMicro Electro Mechanical Systemの頭文字をとったもので、機械要素部品、センサー、アクチュエーター、電子回路を1つのシリコン上に微細加工技術によって集積したデバイスである。レーザースキャナーではレーザーを走査するために、モーターと鏡を動かす機械的な仕組みが必要となる。(Velodyne Lidar社の場合は360°の回転、Valeo社の場合は145°の往復動作)この機械的な動きをMEMS技術により可動部をなくし、小型化することが可能となる。
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図5 Drive4U(出典:Valeo) |
IMU (Inertial Measurement Unit):センサーコントロールユニット IGPS+3G: 位置情報ユニット Scala: 3Dレーザースキャナー Ultrasounds: 超音波センサー Front Camera: 前方カメラ Radar MB79: ミリ波レーダー Cameras: カメラ |
Valeo社もVelodyne Lidar社と同様にセンサー部品だけの販売から、システム提供事業を模索している。Valeo社では、3Dレーザースキャナーを中心に車全体の周囲検知・認知のためのセンサーを組み合わせて制御を行うソフトウェアを提供するために、「Valeo.ai」チームを立ち上げて活動が始まっている。
Valeo.ai では現在4,000名以上のADASエンジニアと200名以上のAIエキスパートエンジニアが、Valeo社が提供するセンサー類を用いた自動運転向けソフトウェアの開発を進めている。将来は、センサー部品の単体販売に加え、自動運転ソフトウェアの提供やセンサーからのデータ収集による新たなビジネスモデルにもアプローチしていくとの説明で締めくくった。
Digital Mobility の紹介から始まった同社の講演にも表れているように、自動車部品メーカーは従来の単なる部品販売からシステム販売へシフトするための事業を立ち上げている。
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キーワード
自動運転、LiDAR、センサー、Velodyne Lidar、Valeo
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