NVIDIAのGPU:トヨタが自動運転車開発から製品化まで幅広く採用

【ものづくり】武蔵精密工業はAIによる外観検査と全自動無人搬送車を事業化

2019/04/22

要約

トヨタとNVIDIA
トヨタとNVIDIAが、自動運転車開発で全面的に協力
(資料:NVIDIA)

  本レポ-トは、最近発表された、NVIDIA Corporation(以下NVIDIA)とトヨタ自動車株式会社(以下トヨタ)及び武蔵精密工業株式会社(以下武蔵精密工業)の提携について報告する。

  トヨタは、2017年以来NVIDIAと提携してきた。NVIDIAは、2019年3月にカリフォルニア州San Jose市で開催されたGTC(GPU Technology Conference)において、トヨタがNVIDIAのシミュレーションシステムであるDRIVE Constellationを採用すると発表した。両社の協業は、自動運転車開発から製品化までの幅広い範囲をカバーすることになる。Constellationの採用は、自動車メーカーで初という。

  トヨタ側では、トヨタ、Toyota Research Institute(TRI)、Toyota Research Institute Advanced Development(TRI-AD)がNVIDIAと協働する。TRI-ADは、2018年3月、トヨタ、デンソー、アイシン精機の3社が共同で、自動運転技術のソフトウェアの研究・開発を行うため東京に設立した。

  武蔵精密工業は、四輪車・二輪車用部品のメーカー。外観検査作業にNVIDIAのJetson AGX Xavierを取り入れ効率化を進めている。さらに工場内外の「全自動無人搬送車(Self Driving Vehicle: SDV)」を開発中。この2件の効率化プロジェクトを新たな事業として開始する計画。

  2019年4月3~5日に開催された第3回AI・人工知能EXPOにおいて、イスラエルのSixEye Interactive Ltd.と合弁で、Musashi AI株式会社を設立すると発表した。SixEye Interactives社は照明、ビデオ処理等に優れ、自動画像検査装置用AIアルゴリズムや全自動無人搬送車(Self Driving Vehicle:SDV)管理システムの共同開発を行っていく。

  ☆NVIDIAは、自動運転車向けに「DRIVE AGX Xavier」、ロボット向けに「Jetson AGX Xavier」と呼ぶSoC(System-on-a-chip)を提供している。


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NVIDIA DRIVE Constellationの構成と役割

  DRIVE Constellationは、2018年3月に発表された。バーチャルリアリティにおいて短期間で何十億マイルのテスト走行を行うことが可能で、TRIとTRI-ADは、安全な自動運転技術の開発に不可欠であるとしてシミュレーションの一部にConstellationを採用する。

  DRIVE Constellationは、クラウド上の2つのサーバーで構成される。1つ目のサーバーであるConstellation SimulatorはDRIVE Simソフトウェア(後述)を実行し、現実に限りなく近い仮想空間のなかで、仮想化された車からカメラ、レーダーやLiDARなどのセンサーデータを生成する。2つ目のサーバーであるConstellation Vehicleは、DRIVE AGX車載コンピューターを持ち、シミュレーションで得られたセンサーデータに基づき、それらがあたかも実際に路上を走行する車のセンサーによるデータであるかのように処理し、アクセル・ブレーキやハンドルを操作してバーチャル走行する。

  Vehicleの運転判断はSimulatorにフィードバックされ「実行されているアルゴリズムとソフトウェアが、シミュレーション上の車両を正しく操作しているか」を検証する。このようなフィードバック ループを、「Hardware-in-the-loop(ループ内に指令を出すハードウェア(ECU)を持ったループ)」と呼ぶ。

  NVIDIAによると、トヨタはConstellationを採用する世界初の自動車メーカーであり、またAIシステムの構築、AIの学習・訓練、シミュレーションから車載コンピューターまで、一貫してNVIDIAのシステムを採用する初の自動車メーカーになる。両社は今後、さらに緊密な連携をとっていくとしている。

DRIVE Constellation DRIVE Constellation
NVIDIAのシミュレーションシステムDRIVE Constellationの画像、走行条件、天候、車やセンサーのモデルなど、幅広い走行環境を提供する

資料:NVIDIA

 

NVIDIA Constellationをオープン化し、幅広い情報を収集

  DRIVE Simソフトウェアは、フォトリアル(写真のように鮮明)なデータの流れを作成し、また事故が発生しそうな膨大な数の種々のテスト環境を作り出す。現実世界の事例を観察して整理し、通常ごく稀にしか遭遇しない走行条件、例えば、前走車の急ブレーキ、隣のレーンを走る車の急接近、信号無視の歩行者、子供や動物が道路に飛び出す、などを再現する。「危険な状況」については、保険会社の事故データ等を使用して作成するという。また、イスラエルのCognata、IPG Automotiveなどのシミュレーション専門業者が協力してデータを蓄積している。

  その後Constellation Simulatorで天候や明るさ、路面などの状況を変更しながら様々なシナリオを作成する。例えば、暴風雨や吹雪などの異常な天候、日中の様々な時間帯のまぶしい太陽光、夜間における限定された視界、あらゆる路面および地形など。テストする環境の地域の交通慣習も忠実に再現しなければならない。車両やセンサーのモデル別性能も蓄積されている。

  こうした危険な状況において、実走行のように人間のドライバーを危険にさらすことなく、自動運転車が反応する能力をテストできる。実走行の積み重ねも重要だが、十分な走行距離の実現には物理的な限界がある。また何も異常な状況が発生しないことも多い。稀にしか発生しないが非常に危険な状況を再現できるシミュレーションには、ただ走り続けた距離のデータよりも格段の価値があるとしている。

  しかしそれでも、あり得る危険な状況を全て網羅することは困難なので、NVIDIAはDRIVE Constellationをシミュレーション パートナー企業に公開する。公開し協業することで情報を交換し、事例を蓄積する。パートナー企業は、どこからでもクラウド上のConstellationにアクセスできる。



トヨタ:NVIDIAのGPUを自動運転開発から製品化まで幅広く採用

  2019年3月に開催されたGTC 2019において、NVIDIAは、トヨタ・TRI・TRI-ADがNVIDIAのシミュレーションシステムであるDRIVE Constellationを採用すると発表した。トヨタは、既にNVIDIA DRIVE AGX Xavierを採用して自動運転開発を進めているが、今後両社の協業は下記3分野をカバーすることになる。

  • NVIDIA GPUを活用したAIコンピューティングインフラストラクチャ構築
  • NVIDIA DRIVE Constellationを活用したシミュレーション
  • DRIVE AGX XavierあるいはDRIVE AGX Pegasusをベースにした自動運転用車載コンピューターの開発

☆「Xavier」は世界で初めて自律動作マシン向けに開発されたプロセッサーで、これまでに生産された最も複雑なSoC(system-on-a-chip)。8,000人年のエンジニアを投入して開発した。Dual Execution(冗長性)など機能安全にも万全を尽くしているとのこと。

トヨタとNVIDIAが、自動運転車開発で全面的に協力 新型実験車両「TRI-P4」
トヨタとNVIDIAが、自動運転車開発で全面的に協力する
(資料:NVIDIA)
CES 2019で発表した新型実験車両「TRI-P4」、第5世代Lexus LSベースで、NVIDIA DRIVE AGX Xavier を搭載している(資料:トヨタ)

 

トヨタグループ:TRI-ADとJ-QuAD DYNAMICSを設立、自動運転車の製品化へ

トヨタのMaaS車両のラインアップ
トヨタのMaaS車両のラインアップ、これらの車両の延長にトヨタの自動運転モビリティがあるという(トヨタの2018年度第3四半期決算資料)

  トヨタは、2018年3月、デンソー、アイシン精機と共同で、自動運転技術の早期開発のため、ソフトウェアの研究・開発を行う「Toyota Research Institute Advanced Development(略称TRI-AD)」を東京に設立した。TRIのChief Technology Officerを務めるジェームス・カフナー氏が新会社CEOに就任、TRIと連携しその研究成果を先行開発、そして製品化へとつなげる。設立時の従業員数は300人だが、グローバルな新規採用を含め1,000名規模の体制を構築し、3,000億円以上を投資する計画。

  また2018年12月に、デンソー、アイシン精機、アドヴィックス、ジェイテクトの4社が、自動運転・車両運動制御等の統合制御ソフトウェアを開発する「J-QuAD DYNAMICS」設立で合意したと発表。自動運転車の「走る・曲がる・止まる」に関わるセンサーやステアリング・ブレーキをより高度に連携させるための車両統合制御システムを開発し、量産車に実装していく。独禁法当局の承認を得て、2019年4月に発足する予定。

  GMやDaimlerなど多くのOEMが、自動運転をMaaS車両から導入していく計画。トヨタは、2020年東京オリンピックを機に「e-Palette」、2021年に「MaaS Sienna」、次いで「MaaS EV」と順次投入していく計画(右上図参照方)。また「これらのMaaS車両の延長に、将来のトヨタの自動運転モビリティがある」と説明した。



武蔵精密工業:外観検査・搬送のAIによる自動化を目指す

  武蔵精密工業は、四輪車・二輪車用部品のメーカー。外観検査作業に、AIを取り入れ効率化を進めている。さらに全自動無人搬送車を開発中。

(注)武蔵精密工業は、東京証券取引所および名古屋証券取引所一部上場企業で、2018年度3月期の売上高は2,379億円(ホンダ向けが53%、また海外売上高比率は約88%)。

  工場での作業を分類する(下左図参照方)と、付加価値を生み出す段取と加工(生産活動)が60%、検査工程が20%、搬送が20%で、40%がいわば付帯作業であることが判明し、この40%の作業の合理化を目指すこととした。「ものづくり×AIで生産現場にイノベーションを起こし、人にはもっと人らしい仕事を!」のモットーを掲げる。

<外観検査工程>

  外観検査については、小さな欠陥も異常作動や部品の破壊に繋がる恐れがあり、長年目視で行ってきた。しかし経験が必要であり、人によるバラツキ、その日の体調による変化もある。自動化を諸々試行したが、なかなかベテラン作業者にかなわなかった。しかし、AI の導入で合理化できる目安がついたという。

  現在、ベベルギヤと溶接ギヤの外観検査自動化に取り組んでいる。ベベルギヤの欠陥は車の振動、異音などの原因となる。NVIDIA Jetsonを活用し、金属部品表面の微細な欠陥検出に成功した。現在同社工場では、トライアル段階としてAIと人がダブルでチェックしているとのこと。

  溶接ギヤについては、溶接部に発生するスパッタ(金属粒)が実車搭載後に取れてしまうと重大事故につながる危険性があるため、現状は全て人が目視検査している。武蔵精密工業は、このスパッタの目視の自動化に取り組んでいる。

<SDV(全自動無人搬送機)を開発>

  工場内外の物流に関しては、既存の無人搬送車(Automated guided vehicle:AGV)の活用を検討したがうまくいかず、AIにより自ら判断して動く全自動無人搬送機(SDV)を開発中。LiDARとステレオカメラを搭載し、AIにより進路を自ら決定し自動で動く。右下写真の中央を動いているのが屋内用SDV、右上の赤いSDVは屋外用で、屋内用は約1トン、屋外用は最大770kgの運搬ができる。また、複数台のSDVを集中管理するシステムをSixEye社と共同開発中。

AIシステムを開発中 ベベルギヤの検査工程 SDVのデモ走行
生産現場で新しい価値を生むAIシステムを開発中(資料:武蔵精密工業) ベベルギヤの検査工程(第3回AI・人工知能EXPOでの武蔵精密工業の出展) SDV(Self Driving Vehicle)のデモ走行を行った(同EXPOでの武蔵精密工業の出展)


AIによる製造プロセス最適化サービスを提供する「Musashi AI株式会社」を設立

  武蔵精密工業は2019年4月に開催された「第3回AI・人工知能EXPO」において、イスラエルのSixEye Interactive Ltd.との合弁で「Musashi AI株式会社」を設立すると発表。人と機械の協働を実現し、製造プロセスの最適化により生まれる新たな価値を顧客に提供するサービスを開始した。同様の課題を抱える製造業から、さらに他産業への展開を目指すとしている。

  武蔵精密工業は、SixEye代表であるRan Poliakine氏と協働でAI技術開発に取り組んできた。SixEye Interactives社は照明、ビデオ処理等に優れ、自動画像検査装置用AIアルゴリズムや全自動無人搬送車(SDV)の共同開発を行っていく。

  既に1社から、ヨークジョイント向けAI外観検査システムのPoC(システム導入に向けた実証実験)サービスを受注した。製造の際に生じる傷をAIによる画像識別で検査することが目的。

<Neural Cubeの販売を開始>

  武蔵精密工業は、顧客企業がAIシステムを導入する際の手間を大幅に削減するツールである「Neural Cube」を開発した。NVIDIA Jetson TX2を内蔵し、実際の作業をコントロールする制御盤にワンタッチで取り付けることができる。NVIDIAのアプリCUDAなどもインストール済みで、AI実装に必要なハードおよびソフトを提供する。サイズ:H178×W116×D139mm。

 

<汎用検査機のコンセプトモデル(モックアップ)>

  SixEye社と共同開発している「汎用検査機」のコンセプトモデル(モックアップ)を展示していた。検査する部品が生産ラインからそのまま連続して下右写真の汎用機に入り、6個をまとめて検査し、検査済みの部品は自動的に良品と不良品に仕分けされる。

  1個ずつの検査だと、AI化しても時間がかかるため、生産ライン全体のスピードに追い付かないとのこと。

合弁会社設立を発表 Neural Cube、NVIDIAのJetson TX2を内蔵 「全自動外観検査システム」の開発
第3回AI・人工知能EXPOで武蔵精密工業の大塚社長とRan Poliakine氏が合弁会社設立を発表 Neural Cube、NVIDIAのJetson TX2を内蔵する(Neural Cubeが4個並んでいる) 将来に向け、汎用的な「全自動外観検査システム」の開発を進めている

 

武蔵精密工業:NVIDIAのGTC 2019に出展し講演も

  武蔵精密工業は、2019年3月に米国カリフォルニア州San Jose市で開催されたNVIDIAのGTCに出展し、またAIプロジェクトメンバーが、製造現場におけるAI展開:生産性向上のための目視検査ディープラーニングをテーマに講演した。
 なお、NVIDIAのブログは、本計画の背景・目的・今後の展望について以下のように伝えている。

  武蔵精密工業が進める製造現場のAI化は、人口減少に直面する日本での人手不足対策にとどまらず、製造業を大きく変革するものと捉えている。NVIDIA Jetsonを利用しての外観検査と、全自動無人搬送車による合理化は、製造業の幅広い分野に適用していくことが可能で、製造業変革のスタートとなる。

  武蔵精密工業は、通常はソフトウェアのスタートアップ企業が得意とするような業務に取り組んでいる。しかしそれは、膨大なデータを扱う大規模な経営の自然な動きだと考えている。武蔵精密工業は、製造業におけるAI活用の有力な拠点になろうとしている。また現在のNeural Cubeをベースに、より微細な欠陥も発見できるようにするなどさらに発展させていく考えで、製造業を超えて他産業への展開も視野に入れる。いわば、"AI manufacturing as a service"とも呼ぶべき大きな構想を示した。


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キーワード
トヨタ、Toyota Research Institute、Toyota Research Institute Advanced Development、Constellation、武蔵精密工業、Musashi AI、NVIDIA、Jetson AGX Xavier、全自動無人搬送機

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