トヨタの自動運転(下):「1兆マイルの信頼性」に挑む

「運転」の知能化、「人とクルマの協調」の知能化、「つながる」知能化を推進

2017/03/02

要約

ドライビングシミュレーターによる人とクルマの協調の開発
ドライビングシミュレーターによる人とクルマの協調の開発(資料:トヨタ)

 オートモーティブ ワールド2017 カンファレンスが、2017年1月18~20日に東京ビッグサイトで開催された。トヨタ自動車株式会社 先進安全先行開発部 主査 松尾芳明氏による「トヨタが描く自動運転の在り方と今後の課題~知能化するクルマと人の協調とモビリティー社会の実現」と題した講演を中心に、トヨタが目指す自動運転の在り方と今後の課題について報告する。

 既に掲載したレポート「トヨタの自動運転(上)」は、トヨタの自動運転が目指す長期的な方向性(ADAS進化型と完全自動運転の2つのシステムを開発する)について報告した。本レポート「トヨタの自動運転(下)」では、自動運転に必要な 3つの知能化、「運転」の知能化、「人とクルマの協調」の知能化、「つながる」知能化について、それぞれより具体化した計画や検討中の事項を報告する。

 「運転」の知能化では、その中枢を担うToyota Research Institute(TRI)は、ミシガン州Ann Arborに米国第3拠点を設置。ミシガン大学の走行実験施設Mcityをフルに活用して研究を進める。TRIは、大幅に進化させたシミュレーターも開発中。プラットTRI CEOによると、トヨタ車は 1年間に世界で 1兆マイルを走行しているので(1億台のトヨタ車が年間1万マイル走行すると想定)、完全自動運転車実現には 1兆マイルの走行実験が必要との考え。しかし現実には困難であり、そこでシミュレーションが有力な手段の一つになる。実走行テストと最も厳しい状況を想定したシミュレーションを組み合わせて、「1兆マイルを走行したと同等の信頼性」に挑む(それは容易な作業ではないとも語っている)。

 「人とクルマの協調」の知能化では、東富士研究所に設置されているドライビングシミュレーターで検証しながら、自動運転車向けHMIの開発を進めている。

 「つながる」知能化では、自動運転車がクラウドサーバーにつながり、様々な道路交通情報のやりとりをする体制を構築する。また、見通しの悪い交差点など自律だけでは困難なシーンは、通信を利用した協調型安全システムを活用する。



関連レポート:
トヨタの自動運転(上):ADAS進化型と完全自動運転の2つのシステムを開発 (2017年2月)
トヨタの自動運転:Autonomous Vehicle and ADAS Japan 2016 から(1)(2016年8月)
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「運転」の知能化

 トヨタは人工知能の研究開発を強化している。2016年1月にToyota Research Instituteを設立し、5年間で10億ドルを投資すると発表。また、マサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学、ミシガン大学とも連携し研究・開発を進める。

 人工知能により、クルマが走行した時の知識を経験として記憶し、リアルタイム情報と瞬時に重ね判断して、安全な運行計画を立て走行する。

 2016 International CESにおいて、トヨタが10億円出資するPreferred Networksとトヨタは、ロボットカーのデモを展示した。長さ43cm、幅20cmのロボットカー数台が、3m×3mのステージを走り回るデモで、最初は衝突だらけで全く走らなかったが、機械学習により衝突が起こらずスムーズに走行するまでに上達した。

 2017 オートモーティブ ワールドでの松尾氏の講演においては、Roundabout(信号機の無い、真ん中に円形の島がある交差点)を通過する動画が示された。初めは混雑しているとなかなか進入できずに止まっている場合があったが、機械学習によりうまく通過できるようになった。



TRIの第3拠点をミシガン州Ann Arborに設置

トヨタも出資しているミシガン大学の自動運転走行実験場”MCity”
トヨタも出資しているミシガン大学の自動運転走行実験場”Mcity”(写真:ミシガン大学)

 トヨタは、2016年6月、Toyota Research Institute(TRI)の第3拠点をミシガン州Ann Arborに開設した。主に「完全自動運転」の研究を担当する。新拠点はミシガン大学から徒歩圏内に位置し、TRIは自動運転研究で同大学と密に連携していく。

 ミシガン大学には、米国で唯一の自動運転車やコネクティッドカーの走行実験施設であるMcityがあり、トヨタは同施設を運営するUniversity of Michigan Mobility Transformation Centerに出資している。因みに日本メーカーでは、トヨタ、日産、ホンダおよびデンソーが、施設を優先的に使用できるメンバーになっている。

 また、近郊にMcityを補完する走行実験施設として、USDOT(米国運輸省)が主導し全米10箇所の一つとして新たに設置されるAmerican Center for Mobility(注)の開設が予定され、Ann ArborはTRIが自動運転研究を進めていくうえで絶好の拠点だとしている。

 ライアン・ユースティス(Ryan Eustice)、エドウィン・オルソン(Edwin Olson)両氏は、ミシガン大学の教授を兼務しながらTRIに参加する。両教授は、「センサーやアルゴリズムの技術の発展は目覚ましいものがある。TRIはこの領域での取組みをさらに進めていく」、また「TRIはミシガン大学と協力して、様々な環境下で、通常はごく稀にしか起こらないような状況下でのテストを行っていく」と語っている。

 TRIのプラットCEOは、「トヨタを含め、この数年で自動車業界は自動運転分野で大きく前進してきたが、その多くは運転そのものが容易な状況でのことであり、従って自動運転も容易であったと言える。自動運転が最も役立つのは、むしろ運転が難しい状況においてである。TRIはこの困難な課題に挑戦する。」としている。

 (注)American Center for Mobilityは、ミシガン州政府やミシガン大学等がAnn Arbor近郊のWillow Runに建設を計画しているMcityと同様の走行実験施設。世界で最も広い、先進的な走行実験施設になるとされている。米国運輸省(USDOT)が、米国で初の国レベルの走行実験施設を10箇所認定しその一つに選ばれた。



ミシガン大学の走行実験施設 "Mcity"

 ミシガン大学のMobility Transformation Center等が運営主体、自動車メーカー等がスポンサーとなり、同大学キャンパス内に、自動運転車やコネクティッドカーが、実際の道路・周辺環境を模した環境下で走行実験を行うことができる施設として2015年7月に開設された。
 Mcityは、32エーカー(約130,000平方メートル)の敷地に、直線路、市街路、トンネル、踏切、など多様な走行環境を再現するとともに、建築物や街灯・道路標識などの交通施設をフレキシブルに配置可能。交通管制システム、路車間通信システム、高精度デジタル地図や交通シミュレーションなどの研究基盤も整備されている。
  ミシガン州は、雨、雪や竜巻も発生し、悪天候下での走行実験も行える。Mcityには、実際の道路走行で遭遇する、穴だらけの道路、落書きで見えづらくなった交通標識、消えかかったレーンマーカーなども再現されている。公道でテスト走行する前に、新しい技術を、厳しい条件下で繰返しテストできるよう設計されている。
資料:トヨタプレスリリース 2016.4.8、同英文プレスリリース 2016.4.7、ミシガン大学プレスリリース 2015.7.20


TRIが、新しい大きく進化させたシミュレーターを開発

 TRIのプラットCEOは、2016年4月の2016 GTCでの講演で、TRIが新しい大きく進化させたシミュレーターを開発中であると発表した。新シミュレーターの全容は発表されていないが、プラットCEOによると、施設はフットボール競技場ほどの大きさで、ドームのなかにNVIDIA製のGPUを搭載した実験車両が置かれ、車は左右・前後に動き、傾きも再現して、あらゆる種類の動きをシミュレートする。周囲の美しい風景(グラフィックス・ディスプレイ)が写しだされ、車の運転を実走行のように体験できる。



「1兆マイルの信頼性」に挑戦

 プラット氏によると、トヨタ車は、世界で1年間に1兆マイルを走っている(世界で1億台のトヨタ車が、年平均1万マイル走ると想定)。それだけ走っていれば、確率は低くても非常に危険な状況が発生しうる。例えば、自動運転車が暴力的な運転をする車(おそらく人が運転する)に遭遇した場合、たとえ相手が悪くても、自動運転車は正しく行動しなければならない。

 従って、完全自動運転車の実現には1兆マイルの試験走行が必要だが、現実には難しいので、シミュレーションが有力な手段の一つになる。実走行に加え非常に危険な状況を想定してのシミュレーションを重ねることで(衝突にいたる可能性が高いので、実走行では多くの試験はできない)、「1兆マイル走行に相当する信頼性」に挑戦する(ただし容易なことではないとしている)。

 また、プラットCEOが「ガーディアン(守護者)」と呼ぶ人とクルマが協調する運転支援システムでは、完全自動運転のような完璧性は求められないが、人とクルマがどのように協力していくかをシミュレーションすることが重要になるとしている。



自動運転車事故の原因究明と再発防止

 プラット氏によると、自動運転車が事故を起こした場合の、原因究明と再発防止という課題がある。

 走行記録は残っていると思われるが、完璧な原因究明は困難である。機械学習、特にディープラーニングは素晴らしい効果を示すが、どのように結論を導いたかを説明することはできない。ディープラーニングが、あらゆるインプットに対して正しい行動を選択するとの保証はない。対策をとるべき範囲は広く、これで十分なのかを見定めることは難しい。結局、テスト走行やシミュレーションで確認することが最優先の課題になる。



「人とクルマの協調」のための知能化

 トヨタは、人とクルマが協調する自動運転を目指している。SAE 5段階基準のレベル 2と 3において、人とクルマが気持ちの通った関係を築き、そこで学習しレベルアップした人工知能をもってレベル4、5の完全自動運転に進む方針(下図左)。

 レベル 2では運転の主体はドライバーであり、自動運転中もいつでも自ら運転を代わることが求められる。レベル3ではシステム主体とドライバー主体が混在し、システムが自らの限界を判断した場合は、速やかにドライバーに運転を要請し、ドライバーが運転を引き継がねばならない(下図中)。

 どちらの場合も、自動/手動の切り替えがスムーズにいくように、システム側としては、「システムの状況をドライバーに提示し続ける」ことと「(運転を委ねられるように)ドライバーの状況を把握」しておくことが重要になる。また、レベル 3では一旦運転をシステムに委ねるので、レベル 2に比べ運転復帰に時間がかかる(下図右)。



「人とクルマの協調」知能化(資料:トヨタ) 自動運転レベルにおける人とシステムの役割と課題(資料:トヨタ) 取組むべきHMIの課題(資料:トヨタ)
「人とクルマの協調」知能化(資料:トヨタ) 自動運転レベルにおける人とシステムの役割と課題(資料:トヨタ) 取組むべきHMIの課題(資料:トヨタ)



ドライビングシミュレーターにより自動運転車向けHMIを開発

 そこでトヨタは、「安全性の確保」と「運転からの解放」の二つの面から、必要となるシステムとドライバーのバランスを見定め、そのバランスを維持させるようにシステムがドライバーに働き掛けるHMIを開発する方針。そのプロセスをより具体化したのが下図中で、先端技術を導入し、例えば、センサーにより周辺を走行する他車が少ないと判断できれば、ドライバーは”Relaxed”していてかまわないとする。しかし道路が混雑してきてシステムによる運転が複雑になれば、”Focused”(集中)するようドライバーに働きかける。同図に引かれた”Balance Line”より上または右(同図網線部のAcceptableの範囲)にいることが必要で、これより下がった場合はドライバーに刺激を与えて覚醒させる方針。

 そのために、ドライビングシミュレーターを活用して、最適のドライバーモニタリング、ドライバーへの情報提示(HUDやMID(Multi Information Display)など)、光インジケーター、音声などによるドライバーの認知への働き掛け、などを研究・開発している。

 ドライビングシミュレーターは、映像や加減速度発生装置などを活用して自動車の走行を模擬する装置であり、運転意識低下(居眠り、ぼんやり)、危険に対する不注意(わき見、安全未確認など)といった状態でのドライバーの運転適性を解析し、効果的に事故を低減する予防安全技術を開発してきた。2007年に、東富士研究所に当時として世界最高レベルのドライビングシミュレーターが設置された。



トヨタが目指すHMI(資料:トヨタ) 先進技術を駆使してシステムとドライバーが互いに協調(資料:トヨタ) ドライビングシミュレーターによる人とクルマの協調の開発(資料:トヨタ)
トヨタが目指すHMI(資料:トヨタ) 先進技術を駆使してシステムとドライバーが互いに協調(資料:トヨタ) ドライビングシミュレーターによる人とクルマの協調の開発(資料:トヨタ)



トヨタが開発しているHMIの例(上図右)

HUD  上記写真右のHUDは、車速に加えて、ドライバーに運転を要求するための、ステアリングホイールと両手のマークを示している。
MID  Multi Information Displayの略。クルマ側の情報をわかりやすく伝達する。例えば、周辺の車両や、設定した最高速度、現在の時速、「これから車線変更する」などの情報をドライバーに伝える。
認知への働き掛け  ドライバーに、光インジケーターや音声で働き掛けるシステムを開発している。
資料:トヨタプレスリリース 2014.9.5/2017.1.5


「つながる」知能化

 トヨタは、2016年4月に、車から収集されるビッグデータの集約と活用を図るための新会社「Toyota Connected:TC社」をマイクロソフト社と共同で米国に設立した。TC社の役割は、ビッグデータの商品開発への応用など幅広い分野にわたる。人工知能の研究機関であるToyota Research Instituteとも密接に連携する。

 自動運転の分野においては、全ての車がクラウドサーバーにつながり、様々な道路交通情報のやりとりを行っていく。今後ダイナミックマップ基盤企画(株)を中心に作成が進められる高速・自動車専用道路の立体地図や、トヨタのテレマティクス車両から収集された「Tプローブ交通情報」も大容量通信で自動運転車に配信される。

 さらに、見通しの悪い交差点など自律系システムだけで対応が困難なシーンは、トヨタが国内で2015年秋に開始した、通信を活用した協調型安全システム(車車間(V2V)・路車間(V2I)通信)も活用していく。2017年2月現在、プリウス、マジェスタ、クラウン(ロイヤル/アスリート)、レクサスRXにオプション設定されている。

 また米国トヨタは、2016年4月、ミシガン大学と共同で米国ミシガン州南東部とAnn Arbor市街地でV2V/V2Iの実証実験を開始すると発表した。Dedicated Short Range Communication(DSRC)を利用する。従来V2V/V2Iの実証実験では、通信装備を搭載する車の不足が課題であったが、トヨタは社員やその家族にも参加を要請し、5,000台の参加を目指す。V2V/V2I搭載車を全米規模で展開していく米国運輸省(USDOT)の方針に沿った計画とのこと。

 (注)V2V:Vehicle-to-vehicle、V2I:Vehicle-to-infrastructure



Toyota Connectedの設立(写真:トヨタ) 「つながる」知能化のイメージ図(写真:トヨタ) 「つながる」知能化~交差点での車車間通信(写真:トヨタ)
Toyota Connectedの設立(写真:トヨタ) 「つながる」知能化のイメージ図(写真:トヨタ) 「つながる」知能化~交差点での車車間通信(写真:トヨタ)

キーワード

トヨタ、自動運転、Toyota Research Institute、1兆マイルの信頼性

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