NCAP(新車アセスメントプログラム)の概要と動向(2)

衝突時乗員保護や自動ブレーキ(AEB)などのテスト項目と各NCAPの実施状況

2020/06/10

要約

  NCAP (New Car Assessment Programme 新車アセスメントプログラム)の評価項目は、開始当初の米国では衝突テストによる衝突時乗員保護性能を中心としていたが、その後、他のNCAPが開始されるにつれ、子供の保護、歩行者保護など少しずつ内容が拡がった。更に自動ブレーキ(AEB)による交通弱者の保護や、推奨される安全デバイス装備などの先進テクノロジーも評価する例が増え、これらの各項目にそれぞれ重み付けして、総合的な評価とするNCAPが多くなっている。

 

 今回のNCAPレポートは樋口和雄氏の協力を得て、前稿のPart1では、各NCAPの特徴、問題点、そしてEuro NCAPの「Roadmap2025」に代表される将来動向を解説。本稿のPart2では、自動ブレーキ(AEB)などの新項目を含むNCAPテスト法の詳細と各NCAPの実施状況について説明する。

 

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正面衝突乗員保護

  正面衝突乗員保護の評価のためには、フラットバリア衝突オフセット衝突の2種類が一般的に実施されてきた。正面衝突は乗員死亡事故の中で最も多い事故形態で、フラットバリア衝突は正面衝突の中で乗員にとって最も厳しい衝突形態であり、古くからテストされてきた。しかし、リアルワールドで多いのはオフセット衝突であり、そのテストで好成績を収めるには車体を補強して車室の変形を減らす必要があった。

フラットバリア衝突 オフセット衝突
フラットバリア衝突(出典:ANCAP) オフセット衝突(出典:国土交通省)


  1990年代にNCAPでオフセット衝突が一般的になってから、自動車の車体はどんどん固くなってきた。その結果、フラットバリア衝突での車体減速度が増加して乗員保護が非常に厳しくなり、好成績を収める為にはシートベルト・エアバッグなどの乗員保護装置の性能をも向上させる必要が出てきた。フラットバリア衝突とオフセット衝突を併用する事で、車体と乗員保護装置を共に向上させる効果がある。

 

前面フルラップ衝突

前面フルラップ衝突

  衝突速度はUS NCAP(米国)、KNCAP(韓国)が56km、JNCAP(日本)が55km、Euro NCAP(欧州)、ANCAP(オーストラリア)、CNCAP(中国)が50kmでかなり差がある。使用ダミーはHybridⅢ50%であるが、Euro NCAPとKNCAPの両前席とUS NCAPとJNCAPの助手席が女性5%、またEuro NCAPとCNCAP、KNCAPが後席に女性5%や子供を異なる条件で着座させている。各NCAPのテスト条件を図に示す。

前面フルラップ衝突

(出典:NCAPほか各種資料より作成)

 

前面オフセット衝突

  衝突速度は全て64km/h、オーバーラップ量もIIHSのNarrow Offsetが25%なのを除いて総て40%で運転席側を衝突させる。右ハンドルのJNCAP、A/ASEAN NCAPは車体右側を衝突させる。IIHSのNarrow Offsetのみ両側をテストする。

  前席のダミーはすべてHybridⅢの50%であるが、JNCAPとIIHSは運転席1体のみで、他のNCAPは両前席に着座させる。後席はJNCAPとCNCAPが女性5%、Euro NCAP、KNCAP、A/ASEAN NCAP、Latin NCAPが子供ダミーを着座させる。

  前述のように2020年からEuro NCAPとANCAPはこのオフセット衝突をMPDB (Mobile Progressive Deformable Barrier) に切り替え、搭載するダミーもTHOR(先進ダミー)を用いる。各NCAPのテスト条件を下図に示す。

前面オフセット衝突
前面オフセット衝突

(出典:NCAPほか各種資料より作成)

 

MPDB (Mobile Progressive Deformable Barrier) 衝突

  近年、NHTSAがシートベルトとエアバッグを併用した状態で乗員が負傷する事故を再現するテストとして、固定したオフセットバリアではなく、車対車の衝突をよりリアルに再現する、MDB(Moving Deformable Barrier)を用いて、テスト車と走行している車同士で衝突させるテスト法を研究してきた。

  Euro NCAPはこのテスト法を変更し、MDBの代わりに MPDB(Mobile Progressive Deformable Barrier) を採用して、従来のオフセットバリア衝突に替えて2020年から開始する。これは左図に示す様にテスト車両と、前面にエネルギー吸収材を取り付けたMoving Barrierを対抗させてそれぞれを走らせ、オフセット衝突させるもの。従来のオフセットバリア衝突に比べ、MDBが衝撃によって動くため、テスト車の動きと変形が異なったものとなり、従来と違った傷害モードが観察されると言われている。

MDBを使用するオフセット衝突テスト MDB衝突テスト
MPDBを使用するオフセット衝突テスト(出典:Euro NCAP) MPDB衝突テスト(出典:Euro NCAPほか各種資料より作成)



側面衝突乗員保護

  側面衝突は正面衝突に次いで乗員の死亡が多い衝突形態であり、また事故数に対し死亡者の比率が最も高い危険な衝突形態である。この側面衝突は車同士の衝突を想定したMDB衝突(右図)、及び単独事故で車が横滑りして立木などに衝突する状況を再現するポール側面衝突 (Pole Side Impact) の2種類が行われている。

MDB側面衝突テスト ポール側面衝突テスト
MDB側面衝突テスト(出典:IIHS) ポール側面衝突テスト(出典:Euro NCAP)


  MDB衝突では、ぶつかる車が標準的な乗用車の場合と、更に危険な大型のSUVを想定した衝突がある。側面衝突は、正面衝突に比べ、車体のエネルギー吸収部分が少なく、技術的に乗員保護が難しい為に、衝突テスト条件がリアルワールドのニーズに比べ、低めに抑えられている面があったが、技術の進歩に伴ってテスト条件を見直し、衝突速度を上げるなど、MDBの重量を増加させる動きが増えてきた。

Far Side Occupantの傷害を評価するテスト
Far Side Occupantの傷害を評価するテスト
(出典:Euro NCAPほか各種資料より作成)

  更に、従来の側面衝突は、衝突された側に着座した乗員(Near Side Occupant)の傷害を評価していたが、衝突された側の反対側に着座していた乗員(Far Side Occupant)の傷害を評価するテストも始められた。これはスレッドの上に車体を乗せ、衝突される側と反対側にダミーを着座させ、MDB衝突で記録された衝撃を与えるテストと、ポール衝突での衝撃を与えるテストを行い、ダミー移動量の測定結果から、傷害の可能性を評価するものである。

側面MDB衝突

  衝突角度は、US NCAPは27度斜め前から、それ以外は90度となっている。衝突速度はJNCAP、KNCAPが55km/h、US NCAPは62km/h(90度方向成分としては55km/h)、Euro NCAPとANCAPは2020年から速度を60km/h、MDB重量を1400kgに増加する。他のNCAPは50km/hである。またLatin NCAPも側面MDB衝突を導入、50km/hで実施している。

  MDB重量はUS NCAPが1365kgで乗用車タイプ、IIHSがSUVタイプの全高の高く重い1500kg、JNCAP、KNCAPが改定された1300kgの乗用車タイプを使用。その他はEuro NCAPが2014年まで使っていた950kgの乗用車タイプを用いている。

  ダミーはEuro NCAPとKNCAPが前席に新しいWorld SIDを使っていたが、JNCAP、CNCAPもWorld SIDを使いだした。IIHSがSIDⅡSを使う他はEuro SID 2(US NCAPは改定タイプ)を使っている。後席では、US NCAPとIIHS、CNCAPがSIDⅡSをEuro NCAPが子供ダミーを着座させている。

  ASEAN NCAPもこの側面MDB衝突テストを追加している。各NCAPのテスト条件を下図に示す。

側面MDB衝突
側面MDB衝突

(出典:NCAPほか各種資料より作成)

 

側面ポール衝突

  側面ポール衝突はUS NCAP、Euro NCAP、KNCAPとANCAPだけが実施していたが、Latin NCAPもこれを導入した。このテストは斜め前75度の角度で32km/hの衝突速度で行うUS NCAPの方式がベースとなっており、その他のNCAPは速度が29km/h、衝突角度が90度であったが、2015年からEuro NCAPとKNCAPはUS NCAP方式に変更した。

  ダミーも、US NCAPはSIDⅡS、ANCAPとLatin NCAPはEuro SID 2、Euro NCAPとKNCAPはWorld SIDと、各NCAPで異なる。ANCAPもテスト条件を昔のEuro NCAPと同じに変更している。各NCAPのテスト条件を下図に示す。

側面ポール衝突

(出典:NCAPほか各種資料より作成)

 

Far Side側面衝突

Far Side側面衝突
Far Side側面衝突(出典:NCAPほか各種資料より作成)

  Euro NCAPとANCAPが2020年から新たに導入する。

 



後面衝突、ロールオーバー

  正面衝突、側面衝突、後面衝突テストにおいて、ダミーで測定した乗員の傷害値で乗員保護を評価しているが、ロールオーバーは有効な衝突テスト法が確立されておらず、車両のサイズ、重心高から推定した転倒の難さを評価している。

 

後部衝突乗員保護

  後部衝突(追突)は死亡者数は少ないが、鞭打ち症で保険から支払われる医療費が非常に多く、歴史的に保険会社が問題視してきた。後部衝突は実車衝突で評価される正面衝突や側面衝突と異なり、ヘッドレストレイントのジオメトリー(ヘッドレストレイントの高さと後頭部との距離)の評価と、シートにダミーを着座させたスレッドテストでの動的性能での評価が実施されている。このテストも従来は前席のみが評価の対象であったが、近年、後席乗員についてもテストが始まっている。


  IIHSはヘッドレストレイントの高さと乗員後頭部との距離(バックセット)を測定し、それが妥当と評価されたモデルについて追突評価用ダミー(Bio RIDⅡ)を座らせた動的スレッドテスト(速度変化10mile/h)を行い評価している。

  他に後部衝突保護を評価しているのは、Euro NCAP、JNCAP、KNCAP、ANCAP、CNCAPである。これらもすべてダミーはBio RIDⅡを使用しているが、スレッドテストの衝撃レベル(速度変化)はすべて異なり、Euro NCAP、ANCAP=24.5km/h、JNCAP、CNCAP=20km/h、KNCAP=16km/hとなっている。

 

ロールオーバー

  他の衝突形態の様に動的な衝突で評価する為のテスト法をNHTSAが研究機関に委託して、研究はかなり進んだが、ロールオーバーに使えるダミーや、ロールオーバー特有の傷害値がまだ確立されておらず、静的な耐ロールオーバー性(重心高さとトレッドの幾何学的関係と緊急回避操作での安定性)、またはルーフ強度によって評価されている。

 



子供の保護

  チャイルドシートの性能は、本来車との組み合わせによって評価されるべきであるが、多数のチャイルドシートと自動車の組み合わせを全て評価する事は不可能である。そのためEuro NCAPなどでは、自動車メーカーにいくつかのチャイルドシートを推薦させ、その中から1つを選んで実車による正面及び側面衝突テストを実施している。JNCAPでは、自動車との組み合わせを考慮せず、スレッドテストでチャイルドシートの基本性能のみを動的テストで評価している。またこのような動的テストだけでなく、チャイルドシートの車への取り付け性を評価する静的テストも実施されている。

 



歩行者保護:ボディフォームによる衝撃テスト、歩行者保護自動ブレーキ

ボディフォーム

車体前部の衝撃テスト
ボディフォームによる車体前部の衝撃テスト
(出典:Euro NCAPほか各種資料より作成)

  歩行者衝突のパターンは多岐にわたり、実車衝突に置き換える事が非常に難しく、歩行者が自動車に衝突した時の衝撃緩和性能を一般的に評価するボディフォーム(頭、上脚、下腿など)による車体前部の衝撃テストで評価されてきた。


  ヘッドフォームでボンネットの上部の広い範囲に衝撃を与え、そのエネルギー吸収を評価する方法がEuro NCAPで最初に用いられ、その手法をJNCAP、ANCAP、KNCAP、Latin NCAP、CNCAPも用いている。当初は頭部傷害を評価するヘッドフォームのテストだけであったが、後に腰や脚の傷害を評価するためにレッグフォームを用いたテストも追加されている。現在、Euro NCAP、ANCAP、Latin NCAP、KNCAPが頭部(大人と子供)、脚、上脚をテストし、JNCAP、CNCAPが頭部(大人と子供)、脚をテストしている。

 

歩行者保護自動ブレーキ

  ボディフォームのような自動車側の衝撃緩和対策のみでは、人と自動車のように圧倒的な質量の差がある場合には限界があり、近年では歩行者ダミーを用いて自動ブレーキによる衝突の防止、または衝突速度を低減する動的性能テストが増加してきた。

  この動的テストは、歩行者(大人、子供)、自転車乗員のダミーを用いて行う。代表的なテストは、飛び出した歩行者が直進するテスト車の前を横切った時、衝突を避けられるか、または被害を軽減できるかを見るものである。


  このテストにも大人の歩行者が運転席側から出てくる (Far Side Adult) ケースと、助手席側から出てくる (Near Side Adult) ケース、子供が助手席側の障害物(駐車している車等)の影から飛び出してくる (Car-to-Pedestrian Nearside Child) ケース(左下図)がテストされる。

  更に車の前方を車の進行方向に平行に歩いている歩行者に対する自動ブレーキ性能テスト(Car to Pedestrian Longitudinal Adult) や、左折または右折したテスト車両の前に横断中の歩行者がいた場合 (Car-to-Pedestrian Turning Adult)、後退する車の後ろを歩行者が横切る場合 (Car-to-Pedestrian Reverse Near Side & Stationary Adult) もテストされる。

  そして歩行者だけでなく自転車乗員についてのテストも追加される。自転車乗員の場合も歩行者の場合の繰り返しで、飛び出した自転車が直進するテスト車の前を横切った時、衝突を避けられるか、または被害を軽減できるか見るもので、自転車が運転席側から出てくる (Far Side) ケースと助手席側から出てくる (Near Side) ケース(右下図)の2種類の衝突 (Car to Bicyclist Near Side & Far Side)、更に自転車がテスト車と平行に走っている (Car-to-Bicyclist Longitudinal Adult) ケースについてもテストされる。

子供が助手席側の障害物の影から飛び出してくるケース 自転車が助手席側から出てくるケース
子供が助手席側の障害物の影から飛び出してくるケース 自転車が助手席側から出てくるケース

(出典:Euro NCAPほか各種資料より作成)


  歩行者衝突の防止を目的とした、緊急自動ブレーキによる歩行者衝突防止の評価テストはEuro NCAP、ANCAPで行われている。自転車乗員も追加され、ANCAPも採用しているが、JNCAP、IIHS、CNCAPは歩行者のみテストを行っている。

 



車対車自動ブレーキ (Automatic Emergency Brake: AEB)

自動ブレーキ性能テスト
CCRs 後方から接近する車の自動ブレーキ性能テスト
(出典:Euro NCAPほか各種資料より作成)

  自動ブレーキ性能については、歩行者及び自転車乗員保護のほか、車対車の衝突防止があり、近年テスト内容が急拡大している。今のところテスト法は下記の4種類が行われている。

1) CCRs (Car to Car Rear Stationary):静止している車に後方から接近する車の自動ブレーキがどの速度まで有効か評価する(下図)

2) CCRm (Car to Car Rear Moving):前方を走っている車にそれより速い速度で接近していく場合のブレーキ性能

3) CCRb (Car to Car Rear Braking):同速度で走っていた前車がブレーキをかけた場合の後車のブレーキ性能

4) CCFTP (Car to Car Front turn across path):対向車の直前でテスト車が左折(右側通行で)する場合


  Euro NCAPではこれらの状況において、更にテスト車とターゲット車の横方向の相対位置、すなわちオフセットの量を変えたテストも要求している。


  車対車の自動ブレーキはEuro NCAPを中心として広がり、ANCAPはこれに追随しているが、Euro NCAPと同時にこのプログラムを開始したIIHSは静止した車に対するテストで十分性能が評価できるとしてCCRsのみ実施している。これに対しJNCAPはCCRsとCCRmを行い、CNCAPはCCRs、CCRmとCCRbを行っている。

 



救助と救出 (Rescue and Extrication)

  事故防止、事故被害低減のみでなく、事故後の救助と救出も評価されはじめている。Euro NCAPでは下記の様な項目を評価する。

1) 救助情報 (Rescue Information):救出作業を行うに際しての、その車の必要情報。すなわち電気系情報、爆発物情報、特殊金属の場所と特性、燃料タンク位置などを記した情報シート (Rescue Sheet (ISO 17840 part 1))の関連官庁(例えば消防)への提出。

2) 救出 (Extrication):自動ドアロック (Automatic Door Locking: ADL)。一定速度でドアが自動でロックし、事故時に救出の為、ロックが自動解除される。その他、事故後にドア開放に必要な力、シートベルトのバックル開放力等の評価。

3) 自動事故通報と多重衝突ブレーキ (Multi Collision Brake: MCB):事故後に車が動き出さないように自動でブレーキをかける。


  2020年からEuro NCAPとANCAPがこの項目の評価を始める。

 



事故防止先進技術

  上記の他にも安全性を大きく向上させる可能性のある先進的な安全装備を推進する為に、これらの装備に加点しているNCAPが多い。現在、加点の対象となっているものに、緊急自動ブレーキ (Automatic Emergency Brake: AEB)、シートベルトリマインダー、車線保持サポート (Lane Support System: LSS)、スピードリミッター (Speed Assist System: SAS)、ESC (Electric Stability Control)、後方視界情報、高機能前照灯などがある。NCAPによって評価項目の違いが大きい。


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