トヨタのITS:世界初の路車間・車車間通信を新型プリウスなど3車種に設定
刻々と変化する交通情報をリアルタイムで伝達し、自律型安全装備を補完
2016/04/25
要 約
![]() 日本の官民が推進する「協調型ITSサービス」、下段中央のITSスポットサービスは既に実現している、上段左の次世代DSSSは今回トヨタが実現した技術(SIDS (Signal Information Drive System) は除く)、その他3項目およびSIDSはこれから実用化される技術(資料:ITS Japan) |
本レポートは、トヨタが2015年後半に日本で発売した3車種、新型Prius、マイナーチェンジしたCrown Majesta、Royal/Athleteに搭載したITS Connectについて報告する。
既に実用化されているITSスポット(高速道路に設置された安全運転支援システム)やDSSS(Driving Safety Support Systems/一般道路に設置)は協調型ITS(Cooperative Intelligent Transportation Systems)と呼ばれる。クルマに搭載したセンサーでは捉えきれない情報を取得することで自律型の安全運転システムを補完し事故低減に貢献している。トヨタが今回採用したITS Connectは、路車間・車車間通信を利用し、協調型ITSの従来レベルを超えて、刻々と変化する交通情報をリアルタイムで把握・伝達することで、より精緻な安全対策を実現する。
ITS Connectは、ITS専用周波数(760MHz)を使用し、路車間通信により「右折時注意喚起」など交差点での安全対策を、また車車間通信を利用した「通信利用型レーダークルーズコントロール」を開発した。さらに次の段階として、車車間通信を利用し出会い頭の衝突を防止するシステムや、歩行者とクルマが通信する技術の開発を進めている。
これらのシステムは、例えば車が支線から本線に合流する場合などでの車の動きの予測を可能にするので、将来の自動運転における運転知能の実現にも不可欠な技術であるとしている。
課題としては、路車間通信の路側インフラが整備される交差点は、2016年3月末で東京都と愛知県の約50箇所にとどまり、全国に配備するには膨大なコストがかかることが見込まれている。トヨタは、この機能を搭載する車両を発売することが、路側インフラ設置の促進にも貢献するであろうとの思いで、設定車種の発売に踏み切ったとしている。
なお車車間通信を利用する技術として、Daimlerは、2013年に発売した新型Mercedes-Benz S-Class、2016年に発売した新型E-Classに、スマートフォン間で通信するCar-to-X communicationを設定した。まず早期に実現できるスマートフォン間の通信システムを採用したが、別途専用の車車間通信システムの開発も進めている。
ホンダは、Wi-Fi通信で車と車、車と専用スマートフォンアプリを持つ歩行者が互いに通信する技術を確立した。
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トヨタ:路車間・車車間通信を活用するITS Connectを世界初搭載
トヨタは2015年後半、ITS専用周波数(760MHz)の無線通信を活用した路車間・車車通信を利用した支援システムITS Connectを、予防安全パッケージ「Toyota Safety Sense P」のオプションとして、日本向けの新型Prius、Crown Majesta、Royal/Athleteに世界初搭載した。
路車間通信の利用では、「右折時注意喚起」など、交差点での新しい安全対策を実用化。また、車車間通信を採用した「通信利用型レーダークルーズコントロール」を開発。従来のミリ波レーダーによる先行車両との車間距離、相対速度の検知に加え、車車間通信により得られた先行車両の加減速情報を活用することで、追従性能を高めた。
海外では路車間・車車間通信は5.9GHzが標準となる見通しだが、トヨタは、760MHzの電波は障害物の背後に回り込みやすく広範囲に送受信できるので、見通しの悪い交差点に位置するクルマとの通信などに有利としている。
ITS Connectの搭載車種を順次拡大することで、日本国内の事故総件数のうち約4割を占める、交差点周辺で発生する事故の低減に貢献するとしている。
路車間通信に対応する道路側装置は、2016年3月末に東京都と愛知県を合わせて約50カ所の交差点に設置される。通信利用型技術は普及してこそ効果が出るシステムなので、トヨタはこのシステムの普及を促す意味でも率先して採用したとしている。
![]() ITS Connectの右折時注意喚起システム(写真:トヨタ) |
![]() 通信利用型レーダークルーズコントロール(写真:トヨタ) |
![]() ITS Connectの路側装置(感知器と無線機)(写真:トヨタ) |
トヨタが実用化したITS Connect
システムの概要 | ITS Connectは、クルマに搭載したセンサーでは捉えきれない見通し外のクルマや人の存在、信号の情報を、道路とクルマ、あるいはクルマ同士が直接通信することで取得し、ドライバーに知らせて安全運転を支援する。 |
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路車間通信 (注1) |
<右折時注意喚起> 交差点で右ウィンカーを出して停車しているとき、対向車や歩行者がいるにもかかわらずブレーキペダルから足を離して発進しようとしているなど、ドライバーが接近している対向車や歩行者を見落としている可能性がある場合に、表示とブザー音により注意喚起を行う。 |
<赤信号注意喚起> 赤信号交差点に近づいてもアクセルペダルを踏み続け、ドライバーが赤信号を見落としている可能性がある場合に、表示とブザー音により注意喚起を行う。 | |
<信号待ち発進準備案内> 赤信号で停車した場合、赤信号の待ち時間の目安を表示する。 | |
<信号情報利用型エコアクセルガイド> 前方の交差点にて赤信号で停止することが予測される時に、HVシステムインジケーターのエコアクセルガイドのゲージをゼロにすることで、ドライバーが無駄な加速をし続けないよう支援する。 | |
車車間通信 | <通信利用型レーダークルーズコントロール> レーダークルーズコントロールで先行車両に追従しているとき、先行車両が通信利用型レーダークルーズコントロール対応車両であれば、車車間通信により取得した先行車両の加減速情報に素早く反応して車車間距離や速度の変動を調整し、スムーズな追従走行が可能になる。まるで連結したかのような安定した隊列走行が可能。 |
<緊急車両存在通知> サイレンを鳴らしている緊急車両(救急車)が存在する場合に、ブザー音が鳴り、自車両に対するおよその方向・距離・緊急車両の進行方向を表示する(対応する通信機を搭載した緊急車両が名古屋市周辺で稼働している)。 | |
<通信車両接近通知>交差点などで停車しているときに、通信機を搭載した車両が接近してくると、通信車両のおおよその進行方向を表示する(完全に停止しているときのみ作動する)。 |
資料:トヨタプレスリリース 2014.11.26/2015.9.30 | |
(注) 1. | 本システムに対応するDSSS路側装置が設置された交差点・信号機のみで作動する。トヨタは、次世代DSSS又は次世代ITSと呼んでいる。 |
2. | トヨタは、2012年11月、東富士研究所(静岡県裾野市)に「ITS実験場」を新設した。クルマと道路インフラ(路車間)に加えて、クルマとクルマ(車車間)、クルマと歩行者(歩車間)が直接通信することによって、見通しの悪い交差点でのクルマや歩行者との事故防止を目指した次世代のインフラ協調型安全運転支援システムの研究・開発を進めている。 |
ITS Connectは、刻々と変化する情報をリアルタイムで伝達
今回トヨタが実用化したITS Connectは、対向車や歩行者の刻々と変化する情報をリアルタイムで伝達することができる点で、ITSスポットやDSSSより一歩進んだ協調型ITS「次世代ITS」と位置づけられている。
ITS Connectの特徴と、それが端的に発揮されるケースをまとめた。
ITS Connectの特徴と、特徴が発揮されるケース
自律型安全システムをカバー | 自律型システムだけでは対応しきれない事故を防止する。例えば、人身事故データの半数近くは、歩行者との事故、出会い頭、右折時と直進車との衝突、左折での巻き込みなどだが、これらの事故は自律型システムだけでは対応が困難である。(追突、正面衝突などは、自律型システムで対応する。) |
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リアルタイムに情報伝達 | 刻々と変化する情報(対向車両、歩行者等の存在情報)をリアルタイムに情報伝達する。例えば、従来のレーダークル-ズコントロールでは先行車の加減速と後続車の加減速の間に遅れが発生するが、通信型レーダークルーズコントロール(C-ACC:Cooperative Adaptive Cruise Control)で隊列走行する場合は、ほぼ同時に加減速できる。 |
資料:中部IT融合セミナー「ITSに対するトヨタの取組みと将来展望」 2015.10.20
日本のITSの歴史は、渋滞緩和から安全・安心へ
![]() 日本のITSの歴史 ~渋滞から安全へ~(資料:トヨタ) |
トヨタは、今回導入したITS Connectを、ここ20年ほどのITS (Intelligent Transportation System)の発展の歴史を踏まえ、またさらに強化するものと位置づけている。
1996年にサービスを開始したVICSは、渋滞緩和を目指したシステム。2001年に開始したETC(Electronic Toll Collection System/自動料金支払いシステム)は、料金所の渋滞を激減させた。
2009年にサービスを開始したITSスポット(主に高速道路向け)と2011年にサービスを開始したDSSS(主に一般道路向け)は、信号情報や路側センサー情報を活用した協調型ITSで、安全を指向したシステム。今回トヨタが実現したITS Connectは、さらに周波数760MHzの電波も使用する「次世代ITS」であり、より安全性を高め、安心を齎すものだとしている。
既に日本で実現されてきたITS
VICS | Vehicle Information and Communication System(道路交通情報通信システム)の略。1996年にサービスを開始。主要な一般道路に設置された「光ビーコン」により、前方30km程度先までの一般道の道路交通情報を提供する。また、高速道路に設置された「電波ビーコン」により、前方200km程度先までの道路交通情報を提供する。 |
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ETC | Electronic Toll Collection System(自動料金支払いシステム)の略。2001年にサービスを開始。導入後料金所での渋滞が激減、高速道路利用車の9割が利用している。通信は、5.8GHz帯DSRC(Dedicated Short Range Communication)を使用する。 |
ITSスポット | 国土交通省が主管し、2009年から運用が開始された。主に高速道路に設置された「ITSスポット」とクルマ側の「ITSスポット対応カーナビ」との間で、高速・大容量通信を行うことにより、「左側からの合流車に注意喚起」「前方道路状況の映像(降雪など)」「進行方向の渋滞の、渋滞末尾情報」などを提供する。通信は、ETCと同じ5.8GHz帯DSRCを使用する。 |
DSSS | DSSSは、警察庁が2011年7月から一般道を中心に運用を開始したインフラ協調型の安全運転支援システム。道路側に設置された感知器が検知し、光ビーコンから提供される道路の状況や交通管制情報(信号・標識等)をカーナビが受信し、速度やアクセル開度等の車両の状態に応じて、音声とディスプレイ表示により安全運転を支援する情報提供を行う。主に、ドライバーの認知・判断の遅れが原因で発生する交通事故を未然に防止することを目的に開発された。 |
資料:内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室、国土交通省、トヨタ他
(注)ITSスポットとDSSSが、協調型ITSと呼ばれている。トヨタが設定したITS Connectは、これまでのDSSSに760MHzの電波による通信をプラスしたシステムで、「次世代ITS」だとしている。
ITS Connectの新技術を開発し、自動運転にもつなげる
![]() トヨタの安全装備展開のイメージ(資料:トヨタ) |
トヨタは、2017年にはITS Connectの第2段階として、見通しの悪い交差点で車車間通信による「出会頭衝突防止」や、歩行者と通信する「交通弱者存在通知」を導入する。
トヨタは、ITS Connectを、Toyota Safety Senseなど自律型の安全装備を補完し、自動運転における運転知能の実現に不可欠な機能として発展させていく。
トヨタが開発中のITS新技術
出会頭衝突防止 | 見通しの悪い交差点などで、車同士が直接通信することにより、接近車両の情報をドライバーに伝え、注意を促す。 |
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交通弱者存在 通知 |
歩行者が持つ端末(発信機)と車が直接通信し、子供や高齢者など「交通弱者」の存在をドライバーに知らせ安全運転を支援する。 |
高速道路サグ部の交通円滑化サービス | サグ部は、高速道路で下り坂から上り坂にさしかかるすり鉢状の地形のことで、ドライバーが気付かないうちにスピードが落ちてしまうため、高速道路上の渋滞の約6割がここで発生している。ITSスポット等からの情報提供とACC(Adaptive Cruise Control)、C-ACC(Cooperative ACC/車車間通信を利用)を用いてスムーズな加速を促し渋滞を緩和する。 |
ITS Connectの自動運転に向けた活用例
本線への合流 | 道路構造、車線形状等を事前に確認した上で、自律型センサーでは検知できない範囲にある本線の道路状況と走行する車両の位置・速度の情報を路車間・車車間通信で取得し、合流する場合の位置や速度を予測する。 |
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合流・車線変更(通信利用) | 合流・車線変更をする車が、その意思を本流直進車に伝え、本流直進車はOKを回答し車間を制御、合流・車線変更車は自律型センサーで安全確認し合流・車線変更を実施、変更中と完了を本流直進車に通信で連絡する。 |
資料:中部IT融合セミナー「ITSに対するトヨタの取組みと将来展望」 2015.10.20
DaimlerはCar-to-X communicationを設定、ホンダはWi-Fiを活用したV2Xを開発
![]() Mercedes-Benz S-Class/E-Classに設定された "Car-to-X communication"のイメージ(写真:Daimler) |
Daimlerは、2013年に発売した新型S-Classと2016年2月に発売の新型E-Classに、Car-to-X communicationを設定した。自車が搭載するスマートフォンが、他車(Mercedes-Benz以外の車でも可能)が搭載するスマートフォンと通信し、現在位置から見えない危険などを知らせる。
2013年に導入したシステムでは、Drive Kit Plusによりスマートフォンと車両を接続したが、2016年のシステムでは車両のソフトウェアに接続する機能を組み込んだ。
Daimlerは、いち早く市場投入するためにスマートフォンを利用するシステムを開発したが、車車間通信専用のCar-to-X communicationシステムを開発中で、両システムの並行利用を可能にすることを計画している。
なお、伝達する情報は、自車の現在位置からは見えない道路上での故障車の存在、急な激しい雨、凍結した路面などで、トヨタがITS Connectに盛り込んだ交差点での精緻な制御などとは異なる。
ホンダは、Wi-Fi通信により、クルマとクルマ、クルマと専用スマートフォンアプリを持つ歩行者が互いに通信する技術を確立した。2020年を目途に実用化する計画とされる。
また、車車間通信を利用するものではないが、Volvoは2016年1月に日本で発売した新型XC90に、ミリ波レーダーとカメラを使用して、右折時に直進車と衝突する可能性が高まったと判断すると自動ブレーキをかけて衝突を回避する世界初の「インターセクション・サポート(右折時対向車検知機能)」を設定した。
Mercedes-Benz S-Class/E-ClassにCar-to-X communicationを設定
S-Class | 2013年に発売した新型S-Classに、同社によると世界初のCar-to-X communicationシステムを設定した。自車に搭載したスマートフォンが他の車に搭載されたスマートフォンと通信するシステムを構築した。 |
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これにより、見通しのきかない位置にある他車の存在や、障害物の陰で見えない物体の存在をこれまでより早い段階で確認し対応策をとることが可能になる。例えば、道路端に破損した車がとまっていたり、激しい雨が降り出した場合などに対応し、システム搭載車は受信機としてまた発信機として機能する。将来は、信号などの道路インフラとの連動も検討する。 | |
Car-to-X communicationは、Drive Kit Plusを装備することとDigital DriveStyle Appをダウンロードすることで、顧客のスマートフォンを車のアーキテクチャに接続する。Drive Kit Plusを装備することにより、ブランド・モデル、新車・既販車を問わず、殆どの車にCar-to-X communicationを接続することができる。 | |
E-Class | 新型E-Class(2016年2月欧州で発売、夏に米国で発売)に、量産車として世界初の、車両システムに統合したCar-to-X communicationを設定した。本システムはS-Classに設定したシステムを進化させ、スマートフォンを接続する機能を車両のソフトウェアに組み込んだ。 |
資料:Daimler
ホンダ:Wi-Fiを活用したリアルタイム通信システム「V2X」を開発
ホンダは、Wi-Fiを活用した高性能車載通信機「V2Xユニット」を開発し、2015年3月に開催された「第6回 国際自動車通信技術展」に出展した。Wi-Fi通信のみでクルマとクルマ、社会インフラ、専用スマートフォンアプリを持った歩行者が互いにつながる技術を確立した。 |
急カーブで渋滞が見えない状況で対向車が渋滞を知らせる、右折・左折を互いに連絡しあいスムーズな交通を実現する、歩行者が道路を横断したい時に周囲の車にアピールし安心して横断できるようにする、などの使い方を想定している。 |
また災害発生時には、携帯電話網などの公衆回線がダウンした状況下でも、お互いがWi-Fiでつながり、避難情報などの重要な情報を伝達することが可能になる。 |
資料:ホンダプレスリリース 2015.3.10
<自動車産業ポータル、マークラインズ>