CFRP最新技術動向:欧州で量産車への採用が加速

BMWのCFRP技術と、ドイツで進む生産技術の共同開発

2015/06/30

要 約

 欧州自動車メーカーでCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics:炭素繊維強化プラスチック)を量販車に採用する動きが加速している。BMWは2013年にi3、2014年にi8を発売し、量販車に初めてCFRPのモノコックボディを採用した。さらに基幹車種である2016年発売予定の7シリーズにも基本骨格にアルミニウムだけでなくCFRPを採用すると発表している。メルセデス・ベンツ、アウディも今後軽量化技術の柱として量産車への採用に向けた先行開発が進められている。
 今回のレポートは、CFRPの生産技術に詳しい(株)GSIクレオスの上村泰二郎氏へのインタビューし、ドイツにおけるCFRPの最新動向をレポートする。GSIクレオス社は、ドイツの有力な生産設備メーカーであるDieffenbacher社の高性能プレス機とKraussMaffei社の樹脂成形機等の販売を取り扱っており、CFRPビジネスの開拓を進めている。

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BMW iシリーズのCFRPモノコックボディ

 

BMW i3車体構造 BMW i8車体構造
BMW i3車体構造
上部:CFRP製ライフ・モジュール、下部:アルミ製ドライブ・モジュール  資料:BMW
BMW i8車体構造
上部:CFRP製ライフ・モジュール、下部:アルミ製ドライブ・モジュール 資料:BMW

 

車体構造の材料内訳
資料:GSIクレオス


 BMW i3の車体構造のうち、キャビン部分のライフ・モジュールがCFRP製のモノコック構造となっている。もう一つのモジュールである、パワートレイン、シャシー、バッテリー等をパッケージしたドライブ・モジュールがアルミ製で、2つのモジュール構造を合体させる革新的な車両構造となっている。
 炭素繊維の素材は三菱レイヨン製で、BMWは2013年にi3を発売後、2015年5月までの1年半で、16000台を販売した。これまでのCFRPを骨格構造部位に使用した車両は、高価なスーパーカーだけであり、BMW i3のような量産車に大量のCFRPを採用は、画期的である。

 この車体構造の材料内訳は、図に示す通り、炭素繊維強化プラスチックが全体の半分となる68.5kgである。これに熱可塑性樹脂13.3kgと、接着剤、充填フォーム材等19.5kgを加えた101.3kg弱が、キャビン部分のCFRP製モノコック構造の部分と考えられる。
 残りの36.8kgがアンダーフロアのドライブモジュールの内、シャシー、パワートレイン、バッテリーを除いた車体構造部分である。アンダーフロア部分の内訳は、アルミシート15.9kg、アルミ押し出し材5.4kg、アルミ鍛造5.4kg、スチール10.1kgで、合計36.8kgである。


 

 



CFRP製車体重量はスチール製車体に比べて39%軽い

 

BMW i3 ライフモジュール マツダデミオ車体
BMW i3 ライフ・モジュール マツダデミオ車体

 

 BMW i3の車体重量を比較する上で、ここではマツダデミオの車体と比較してみることにする。マツダデミオは、アルミやCFRP等の新素材は使わずに、スチールのみで、軽量化を徹底的に考え抜いて抜群に軽い車体を開発した車である。超高張力鋼板、高張力鋼板を増やして、しかも高張力鋼板の薄板の特性を分析して、薄板化しても強度を保つための面形状に工夫を凝らし、前型車から-10.2kg、車両サイズの大型化やスペック向上の分+25.4kgを考慮すると、-35.6kgの軽量化を実現している(注)。車両性能の評価も高く、比較対象として十分な車両と考えた。車両サイズを比較すると全長はほぼ同じで、重量への影響が大きいホイールベースが同一寸法である。ただし、全幅と全高がBMW i3の方が若干大きいため、デミオの車両サイズがBMW i3と同等並みになるように、全長 x 全幅 x 全高の差の重量を加算すると228.1kgになる。

 これに対して、BMW i3の車体重量は138.1kgである。これをデミオベースで計算したスチール製の同等サイズの車両重量と比較すると、90kg、39%軽い。デミオのスチール素材の最新技術の英知を集めた軽量化開発の結果が、35.6kgの軽量化であったことと比較すると、CFRPとアルミニウムを主体にしたボディ構造の軽量化効果の大きさが明確である。

(注:マツダデミオの最新車体技術を参照)

 

BMW i3車体重量のスチール車体との比較
BMW i3車体重量のスチール車体との比較

 

BMW i3 マツダデミオ 備考
全長 m 4.010 4.060
全幅 m 1.775 1.695
全高 m 1.550 1.500
ホイールベース m 2.570 2.570
容積 m3 11.033 10.323 全長 x 全幅 x 全高
車体重量 kg 138.1 213.4
車体重量(等価条件) kg 138.1 228.1 デミオ重量をi3と同等容積に換算

BMW i3車体重量のスチール車体との比較

 

 



CFRP製ライフ・モジュールの成形技術

 

BMW i3のCFRP素材の製作過程 BMW i3のCFRP素材の製作過程
BMW i3のCFRP素材の製作過程  資料:BMW

 

 今回、CFRPをBMW i3のような500万円前後の価格帯で、かつ量産車に採用できた理由が、生産技術にある。従来のスーパーカーで使われたオートクレープ法では、1回の成形に数時間もかかっていた。BMW i3のキャビン部分のCFRP製ライフ・モジュールでの、高圧樹脂注入成形(RTM)法では、数分単位に短縮されている。
 RTMは、繊維方向が異なる炭素繊維積層板を何枚か重ねられた「スタック」を、製品形状を想定した形状に切り出し、そのスタックを加熱することで安定した立体的形状に作りこむ。その予備成形された「ブランク」を金型にセットし、そこへ高圧樹脂注入を行い、繊維と樹脂を結合させる。最後の行程で、熱を加えながらプレスすることで硬化させ、高い剛性の製品が出来上がる。


 BMW i3のCFRP製複合コンポーネントは、いくつものCFRP製部材が接着剤で接合されて、キャビン部分となるライフ・モジュールのモノコック構造が出来上がる。100%自動化された最新の接着技術によって、個々のコンポーネント同士の接着面の隙間を正確に定めて接着し、追加熱処理によって硬化時間を速めている。BMW i3の接着面の総延長は、1台あたり幅20mmで、160mにもおよぶ。

 

 



樹脂注入成形(RTM)法の最新技術

 BMW i3のCFRP部品の生産工程には、ドイツ大手成形機メーカーのDieffenbacher社とKraussMaffei社に加えて、Fraunhofer ICTという研究機関との、技術提携及び共同開発の結果得られた最新設備が導入されている。今回のi3のキャビンまわりのCFRP製ボディ骨格部分は、樹脂注入成形(RTM)法による熱硬化成形品であるが、最新の樹脂注入成形(RTM)法には、様々な進歩がありバリエーションも日進月歩で進んでいる。BMW i3では、以下の3つの成形法が採用されている。

 

1) HP-RTM成形(High-Pressure Resin Transfer Molding)

 今回のi3では13パーツがHP-RTMによって作られている。

 その生産工程は、まずCFRPを編んだ織物素材のロールから切り出して、プレス成形で予備成形を行う(プリフォーム)。そのプリフォームをRTM成形機にセットして、一旦真空にした後、樹脂を高圧で射出する。型の中で熱硬化させてカットしてから製品を取り出す。

 

HP-RTM成形プロセス
HP-RTM成形プロセス  資料:GSIクレオス

 

HP-RTM成形設備
HP-RTM成形設備  資料:GSIクレオス

 

Krauss Maffei社 Dieffenbacher社
独KrussMaffei社
HP-RTM樹脂注入機
資料:GSIクレオス
独Dieffenbacher社
高性能プレス
資料:GSIクレオス

 

2) Wet Molding成形

 今回のi3では19パーツがWet Moldingによって作られている。 Wet MoldingはHP-RTMの進化形として、サイクル時間の短縮が可能である。工程としては、ロール材から切り出すところまでは同じであるが、樹脂の注入は型にセットする前工程で行われる。CFRP素材に樹脂が注入されたパイルを、RTMステーションへ移動し、型を閉じて加圧して樹脂を繊維に浸透させてから、熱硬化させる。リサイクル繊維シートも使用できる。

 

Wet Molding 成形プロセス
Wet Molding 成形プロセス  資料:GSIクレオス

 

Wet Molding 成形設備
Wet Molding 成形設備  資料:GSIクレオス

 

3) HP-RTM Braided/W Core成形

 今回のi3では2パーツがHP-RTM Braided/W Coreによって作られている。

 HP-RTM Braidedは繊維入りのゴムホース等を編むように、円周上から炭素繊維を引き込んでホース状に編んだ後、RTM成形機で、樹脂を射出して熱硬化させて、パイプ状のCFRP製品を成形する方法である。パイプ状のフレームや補強ビームに適している。

 

 



欧州における軽量化成形技術の流れ

 ドイツDieffenbacher社は、樹脂注入成形(RTM)をはじめ、それ以外にも様々な成形技術の開発を、図に示すパートナーと共同開発を行っている。
 一つ目は樹脂注入成形(RTM)で、前述のとおり、HP-RTMから進化したWet Moldingが開発されている。
 二つ目はSMC(Sheet Molding Compound)で、不連続の炭素繊維などを含んだシート状の熱硬化性樹脂を型にセットして、プレスし、熱硬化させる工法である。最新技術では、コストや品質向上のために同じ生産ラインの中で成形機の直前に素材をダイレクトに投入して、シート状の素材作るD-SMCが開発されている。
 三つ目はLFT-D(Long Fiber Thermoplastics Direct process)で、長繊維複合材料を使った熱可塑性樹脂成形である。最新技術では、追加の補強部材を同時に成形するTailored LFT-Dが開発されている。
 四つ目はGMT(Glass Mat Reinforced Thermoplastics)で、ガラス繊維不織マットを熱可塑性樹脂に含浸させて成形する。最新技術では、従来のガラス繊維に炭素繊維等の繊維強化材を重ねて成形するLWRT(Lightweight Reinforced Thermoplastics)へと技術が発展していっている。
 いずれの技術開発も、Fraunhofer ICTをパートナーとして共同開発を行っており、Fraunhofer ICTの存在は不可欠と言っても過言ではない。

 

自動車軽量化の樹脂成形技術
自動車軽量化の樹脂成形技術  資料:GSIクレオス

 

SMC/D-SMC技術

 SMCは製品表面の仕上がりが優れているため、自動車の外板部品に、適している。Dieffenbacher社は、SMC成形の最新技術として、2012年にD-SMC製造ラインをFraunhofer ICTと共同開発した。D-SMCはプレス工程直前に、熱硬化性樹脂複合材料を配合することで、SMC成形のコスト低減と品質管理向上を実現している。軽量化や高強度を求める場合は炭素繊維が含めるが、一般的な外装部品では炭素繊維を使わない例も多く、幅広い製品がある。

SMC/ D-SMC技術採用例
SMC/ D-SMC生産設備
SMC/ D-SMC技術採用例  資料:GSIクレオス 従来工法のSMC(写真上)に対し、D-SMC(写真下)は樹脂材料配合の設備を成形機直前に配置してダイレクトに成形機に投入する  資料:GSIクレオス

 

D-LFT/Tailored D-LFT成形技術

 

Tailored D-LFT成形プロセス
Tailored D-LFT成形プロセス  資料:GSIクレオス

 

 D-LFT(Direct Long Fiber Thermoplastics)は長繊維複合材料を使った熱可塑性樹脂成形をポリマー溶融から成形プロセスまでの工程をダイレクトにつないだ生産システムである。特徴は、炭素繊維を使うことで、耐熱性に優れ、高い引っ張り強度を持ちながら、複雑な製品形状と良好な寸法精度を持つ。フロントエンドモジュールのフレーム部分、アンダーフロアパネル、スペアタイヤパネル等の成形品に広く使われている。

 Tailored D-LFTは、D-LFT成形において追加の補強部材を使って同時に成形することで、さらに剛性と強度を向上や、エネルギー吸収能力を向上することができる。これら2つの技術においても、Dieffenbacher社はFraunhofer ICT及びDSM社との共同開発を行い、幅広い自動車部品製造の設備を供給している。

 

 



熱硬化性樹脂成形と熱可塑性樹脂成形の進化

 

高性能プレスを使った複合材成形技術
高性能プレスを使った複合材成形技術  資料:GSIクレオス

 

 高性能プレスを使った複合材料成形技術を整理すると、上図のとおりに分類される。従来、CFRPを使った製品は熱硬化性樹脂が主であったが、熱可塑性樹脂を使った製品へ拡大が進んでいる。最終工程としては、熱硬化性樹脂成形のHP-RTMの製品でも、前工程でCFRPのプリフォーム成形をする際に、熱可塑性樹脂を使ったHP-T-RTMで成形する例があり、RTMも次々と新しい成形技術が開発されている。

 

 



自動車軽量化技術開発のドイツの強み

Fraunhofer ICT
Fraunhofer ICT 資料:GSIクレオス

 ドイツでは、自動車メーカー、サプライヤー、設備メーカー等民間企業と大学、研究機関が協力して共同開発を強力に推進している。産、官、学が参画して、新しい技術開発に取り組むスキームが既に確立しており、それぞれが、経験とノウハウを出し合って開発が進められている。プロジェクトに参加した大学、研究機関の人材が民間企業へ入っていくという人材育成の観点でも優れたシステムとなっている。


 前述のFraunhofer はドイツの有力な研究機関でドイツ国内に60以上の研究拠点を持ち、約2万人のスタッフが研究に取り組んでいる。研究テーマは3~5年後を中心とした実用化応用技術に取り組んでいる。

 その中の一つであるFraunhofer ICTは、軽量化技術開発を主に取り組んでおり、各自動車メーカーや設備メーカー等とCFRPの製品化技術の共同開発が数多く進められている。年間研究予算は約4000万ユーロと大規模である。スタッフは550名で、防衛関係が約300名、自動車と一般産業関係の研究スタッフが150名であるとのことである。

 

 



次期型BMW 7シリーズでのCFRP拡大採用

 2016年発売の次期型BMW 7シリーズにCFRPの採用が発表されている。生産技術としては、樹脂注入成形(RTM)法のCFRP補強部品が車体構造の随所に採用される予定である。次期型7シリーズはBMW iシリーズのようなキャビン部分全体をCFRPモノコック構造とするのではなく、スチール製車体をベースに、部分的にアルミニウムとCFRPを採用して軽量化を図る構造となっている。BMWだけでなく、アウディ、メルセデス・ベンツも次期型モデルでのCFRPを採用する予定となっており、欧州ではCFRPの量販車への適用技術の開発が急速に進んでいる。

 

次期型BMW 7シリーズ車体構造
次期型BMW 7シリーズ車体構造  資料:BMW

 

センタートンネル補強 リヤピラー補強
センタートンネル補強  資料:BMW リヤピラー補強  資料:BMW

 

センターピラー及びサイドシルにCFRPが採用
センターピラー及びサイドシルにCFRPが採用  資料:BMW

 

ルーフボウとルーフサイドレール ルーフサイドレール
ルーフボウとルーフサイドレール  資料:BMW ルーフサイドレール  資料:BMW

 

ルーフサイドレール
ルーフサイドレール  資料:BMW

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