トヨタクラウン車両分解調査(Ⅱ)
レクサス車と共通のFR高級車用シャシー技術
2016/05/23
要 約
![]() フロントダブルウィッシュボーンサスペンション |
![]() リヤマルチリンクサスペンション |
前報のトヨタクラウン(Ⅰ)直噴V6 2.5Lエンジン「4GR-FSEエンジン」に続き、広島県産業振興機構のベンチマーク活動で行われた、トヨタクラウンロイヤル(2.5L V6エンジン搭載、後輪駆動仕様車:2012年12月発売)の車両分解調査の内容を報告する。
今回はシャシー関係部品と、その技術について報告する。この14代目クラウンのプラットフォームは、12代目クラウン(2003年発売)で開発された基本構造を継承しているが、サスペンションやステアリングのレイアウトから細部の部品技術に至るまで、FR高級車の要件を考え抜かれた構成となっており、3代続いているにも関わらず、現時点でもベンチマークに値する技術の集積となっている。次回に、車体関係、遮音技術関係を報告する予定である。
過去の分解レポート:
トヨタクラウン(Ⅰ)直噴V6 2.5Lエンジン「4GR-FSEエンジン」(2016年5月)
トヨタ 4代目プリウス
(上)燃費40km/Lのために高効率化と軽量化されたパワートレーンユニットの進化(2016年2月)
(中)TNGA/シャシー・空力性能技術の進化(2016年3月)
(下)新プラットフォームTNGAの車体構造と遮音吸音材・制振材の技術(2016年3月)
132部品の写真集:TNGAのコンポーネント/部品の詳細写真と主要部品サプライヤー一覧(2016年4月)
ダイハツムーブ (2015年2/3月掲載) |
ホンダ フィットハイブリッド (2013年12月掲載) |
VW Polo (2014年11/12月掲載) |
トヨタ アクア (2012年11月掲載) |
日産 ノート (2014年9月掲載) |
日産 リーフ |
ホンダ アコードハイブリッド (2014年2月掲載) |
トヨタ プリウス (2010年3月掲載) |
ダブルウィッシュボーン式フロントサスペンション(ステアリング前置き配置タイプ)概要
ベンツ、BMWのFR車と共通の基本レイアウト
![]() クラウンフロントサスペンション |
![]() クラウンフロントサスペンション |
![]() メルセデス・ベンツC クラスフロントサスペンション |
![]() BMW 5シリーズフロントサスペンション |
フロントサスペンションは、ダブルウィッシュボーン式で、現在のメルセデス・ベンツやBMW等のFR高級車とほぼ同様のレイアウトを採用している。上図のメルセデス・ベンツCクラス(2015年発売のW213型EクラスもCクラスと同様のフロントサスペンション)、BMW5シリーズのフロントサスペンションと比較すると、高い位置に配置したアッパーリンクと前車軸より前側にステアリングギヤを配置している点が、共通のレイアウトとなっている。このレイアウトの特徴は次の2つである。
- アッパーリンクを高い位置に配置し、上下スパンを広くすることでタイヤの支持剛性を高くすることと、アライメント特性に有利なレイアウト。
- ステアリングギヤを前車軸の前側に配置することで、ステアリング系の剛性を高めることと、サスペンションとステアリングの剛性のバランスがとりやすく、操舵応答性と高速安定性の両立に有利なレイアウト。
![]() クラウンフロントサスペンション |
![]() クラウンフロントサスペンション |
クラウンのフロントサスペンションとベンツCクラス、BMW5シリーズが違う点は、Cクラスと5シリーズは共に、ロアリンクを2つのリンクに分離して、サスペンションボールジョイントを2つ使ったダブルジョイント構造になっている点である。クラウンはオーソドックスな三角形状のトランスバースリンクに、サスペンションボールジョイント1つで、ナックルと連結している。
ベンツとBMWはダブルジョイント構造により、ステアリングを切った際のタイヤの回転軸を、ボールジョイントより車両外側へ移動することが可能になり、その回転軸とタイヤの中心とのオフセットを小さくすることで、車両の安定性向上や振動低減の効果を狙っている。
ステアリング前置き配置の特徴
ステアリングギヤを前車軸より前側に配置するメリットは、コーナリング時の安定性向上に有利な特性を持っている。下の2つの図は右前輪を上から見た図で、左カーブを曲がっている際に、タイアにコーナリングフォース(横力)がかかっている状態を示している。
右図が、ステアリングギヤが後方に配置された場合で、コーナリングフォースがタイヤにかかると、トランスバースリンクとタイロッドエンドの両方に圧縮力がかかる。この圧縮力を受けて、トランスバースリンクブッシュとステアリングギヤマウントインシュレーターがたわみ、その2つのたわみ量の差によって、わずかながらタイヤの進行方向の角度変化が生まれる。一般的にはタイヤの進行方向に対する角度変化は、カーブの外側に向かうように、すなわち、下図に示すトーアウトになるように、作られている。
これがコーナリング時に車両の挙動を安定させることになる。このためにトランスバースリンクブッシュとステアリングギヤマウントインシュレーターのそれぞれのゴムの硬さ(バネ定数)は、わずかな差をつけて、トーアウトとなる値を選ぶ必要があるが、トランスバースリンクブッシュは操縦安定性以外に静粛性や耐久性の制約があり、選択の自由度は限られている。
![]() ステアリング前側配置例(クラウン) |
![]() ステアリング後側配置例 |
上の左図が、今回の分解車両クラウンが採用している、ステアリングギヤを前方に配置した場合である。
コーナリング時に、コーナリングフォース(横力)がタイヤにかかると、トランスバースリンクブッシュには圧縮力がかかるが、ステアリングタイロッドには圧縮力がかからない。コーナリングフォースがその反力の支点となるサスペンションボールジョイントより、やや後ろにかかるため、タイヤに回転モーメントが発生し、その力でタイロッドエンドには引張り力が発生する。
この場合、常にトーアウト方向に力が作用するため、トランスバースリンクブッシュとステアリングギヤマウントインシュレーターの硬さ(バネ定数)の選択の自由度として、ステアリング剛性の向上や静粛性を考慮したブッシュを選択しやすい。特にステアリングの正確さや応答性の良さを求めてステアリングマウントインシュレーターの硬くしたい場合は、このレイアウトが有利である。
FF車など量販車両の多くはステアリング後側配置が一般的であるが、このステアリング前側配置はFR高級車やスポーツカーに採用が限られている。
いなしサスペンション
クラウンのフロントサスペンションと特徴として、リンクのいなしを活用することで、アライメント特性の適正化を考慮している。タイロッドエンドにオフセット形状を入れることで、タイロッドの剛性を適度に下げている。これは、コーナリング中に、コーナー外側のタイヤに横力が加わると、下の右図のようにトーアウト方向に回転トルクが発生する。ここでタイロッドエンドの剛性を下げると、わずかにタイヤをトーアウトに向ける効果を生む。このわずかなトーアウトによって、路面変化などによって車両が敏感に反応することを抑制して、コーナリング中の車両挙動を安定させることができる。
サスペンション支持剛性を高める補強ブレース
![]() クラウンフロントサスペンション フロントアンダーカバーを外した状態 |
サスペンションメンバーの車体への取り付けは、フロントサイドメンバーの強固な部分に取り付けられているが、さらに支持剛性を高めるために、3角形の補強ブレースが設定されている。これはサスペンションからの入力に対する車体側の剛性を高めることで、サスペンションの支持剛性を高め、操舵応答性と高速安定性向上の効果を狙ったものである。
フロントサスペンション関係構成部品
アッパーリンクはスチール製オープン断面のプレス成形品で、フードリッジ上部に2つのゴムブッシュを介して取り付けられる。レクサスGSのアッパーリンクはアルミ鍛造品である。
トランスバースリンクはスチール製閉断面構造で、サスペンションボールジョイント取り付け部から、後側トランスバースリンクブッシュ取り付け部までの閉断面品に、前側トランスバースリンクブッシュ取り付け部を溶接して接合する構造となっている。後側トランスバースリンクブッシュは、アルミ製車体側取り付けブラケットに圧入され、トランスバースリンクへはボルトで締結される。レクサスGSのトランスバースリンクは、アルミ鍛造品となっている。
フロントナックルはアルミ製で、上端はアッパーリンクのサスペンションボールジョイント、下端はナックルアームと締結し、中央部にフロントハブ、フロントブレーキキャリパーが取り付けられる。
ショックアブソーバーは日立オートモティブシステムズ製で、コイルスプリングが同軸に組まれる。
![]() アッパーリンク |
![]() トランスバースリンク |
![]() フロントナックル |
![]() ナックルアーム |
![]() ショックアブソーバー・スプリング |
![]() サスペンションメンバー補強ブレース |
![]() フロントサスペンションメンバー(裏面) |
![]() フロントサスペンションメンバー(上面) |
フロントサスペンションメンバーはアルミダイキャスト製であり、下面にトランスバースリンク、上面にエンジンマウントが取り付けられる。中央の長円にくりぬかれた空間は、エンジンオイルパンの容量を確保するための、横長のスペースが確保されている。(参照:トヨタクラウン車両分解調査(Ⅰ)直噴V6 2.5Lエンジン「4GR-FSEエンジン」)
ステアリング構成部品
フロントアクスル・フロントブレーキ・エンジンマウント
リヤマルチリンクサスペンション概要
リヤサスペンションは、合計5本のアームによって構成されるFR車用マルチリンクサスペンションとして、一般的なレイアウトになっている。ダブルウィッシュボーンタイプの上下2つのAアームの代わりに、独立した5本のアームを使うことで、横力コンプライアンスステア、前後力コンプライアンスステアの最適化と、路面からの入力に対するタイヤの振動を抑制するジオメトリーが採用されている。また、Aアームに比べると、I形アームとすることで、軸線方向だけに力を受けることで、アームの軽量化にも役立っている。
レクサスIS/GSのリヤサスペンションも同様のマルチリンクサスペンションで、サスペンションメンバーの基本構造等は共通であるが、幾つかの差異点がある。まずトーコントロールアームの配置が後車軸の前方から後方に変更されている。これは一部車種に後輪操舵システムの設定があり、トーコントロールアームを可動するアクチュエーターの配置が左右を連結できる位置にする必要があるからである。また、コイルスプリングの配置も、ショックアブソーバー同軸ではなく、独立した配置となっている。また、後側アッパーアームがクラウンがスチール製であるのに対し、アルミ鍛造品になっている。
![]() リヤマルチリンクサスペンション(リヤデフ組み込み状態) |
![]() リヤマルチリンクサスペンション |
トヨタのFR車用マルチリンクサスペンションの特徴として、フロントサスペンションと同様に、アームのいなしを活用している。
まずトーコントロールアームにオフセット形状を採用することで、旋回時のコーナリングフォース(横方向入力)が加わると、アームがたわむ構造としている。これにより、トー変化特性をトーイン側にチューニングし、車両挙動の安定性を向上させている。
また、アッパーアームに開断面構造を設けることで、アームの捩じり剛性を最適化し、アームブッシュのこじれ量を減らしている。これによりサスペンションの上下ストロークをスムーズ動かすことで、乗り心地、および接地性を向上している。
操舵応答性や高速安定性の向上に対し、サスペンションの支持剛性と車体剛性の向上は重要な要素となっている。クラウンはリヤサスペンションメンバー周辺とアンダーフロアに効果的な補強ブレースが設定されている。まず、リヤサスペンションメンバーの前側ロアアーム取付点と後側ロアアーム取付点を結ぶように、サスペンションメンバー補強ブレースが設定されている。サスペンションメンバー本体も強固な構造となっているが、この補強ブレースによって、さらに微小な変位を抑えている。
フロア補強ブレースは、リヤサスペンションメンバー前側取付点と車体のサイドメンバー後端を前後方向のブレースでつなぎ、さらにそのサイドメンバー後端の左右を横方向のブレースつなぎ補強している。
![]() フロア補強ブレース取り付け状態 |
![]() サスペンションメンバー補強ブレース |
リヤマルチリンクサスペンション構成部品
5つのアームはそれぞれの分担荷重に応じ、断面が異なっており、後側ロアアームが一番太い断面となっている。後側アッパーアームとトーコントロールアームのナックル側はボールジョイントになっており、アームにこじれが生じない。前側ロアアームと後側アッパーアームは、両端がゴムブッシュであるが、ゴムブッシュへのこじれ力を低減して、上下ストロークをスムーズに動かすために、アームを開断面構造として適切な捻じれ量となる工夫が織り込まれている。リヤナックルはアルミダイヤスト製。リヤショックアブソーバーは日立オートモティブシステムズ製。
![]() 後側ロアアーム |
![]() 前側ロアアーム |
![]() 後側アッパーアーム |
![]() 前側アッパーアーム |
![]() トーコントロールアーム |
![]() リヤナックル |
![]() リヤショックアブソーバーと関連部品 |
![]() リヤショックアブソーバーとリヤスプリング |
リヤサスペンションメンバーはスチール製で、前後方向のフレーム部分は鋼管材をハイドロフォーミングで成形していると推定される。2つのリヤデフマウントインシュレーターは、右側と左側でそれぞれ上下方向荷重を受け持つインシュレーターと、左右方向荷重を受け持つインシュレーターに分担が分かれており、適切なゴム硬度を設定している。
![]() リヤサスペンションメンバー(上側) |
![]() リヤサスペンションメンバー(下側) |
![]() サスペンションメンバーサポートブラケット |
![]() リヤフロア補強ブレース(横方向) |
![]() リヤフロア補強ブレース(前後方向) |
![]() サスペンションメンバー補強ブレース |
リヤアクスル・ブレーキ・リヤファイナルドライブ
リヤハブはベアリングが内蔵された構造となっている。
リヤブレーキはフィスト型ディスクブレーキで、パーキングブレーキ用ドラムブレーキがブレーキローターの内側に内蔵されている。リヤブレーキはアドヴィックス製。
タイヤは215/60R16でミシュラン製のPrimacy LCが装着されていた。
リヤファイナルドライブは4点でリヤサスペンションメンバーにそれぞれゴム製マウントインシュレーターを介して取り付けられ、前側マウントインシュレーターはファイナルドライブに組み込まれている。後側マウントインシュレーターは、サスペンションメンバー側に組み込まれている。
![]() リヤハブユニット |
![]() リヤブレーキキャリパー |
![]() リヤブレーキローターとパーキングブレーキ用シュー |
![]() タイヤとアルミロードホイール |
![]() リヤファイナルドライブ |
![]() プロペラシャフト |
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