Daimlerと日野のFCV開発と水素社会実現に向けた取り組み
第13回オートモーティブワールド2021のセミナー講演より
2021/02/17
要約
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政府の緊急事態宣言期間中であったが、新規性が高く重要なトピックとあって多くの聴講者を集めていた。 |
本レポートは、第13回オートモーティブワールド(会期:2021年1月20~22日、会場:東京ビッグサイト)で開催されたセミナー講演の中から、Daimler Truckと日野のFCV開発への取り組みに関する内容を紹介する。
ダイムラー社の自動車および定置型向けモジュラー燃料電池エンジン
講演者:Prof.Dr. Christian Mohrdieck, Chief Executive Officer, Mercedes-Benz Fuel Cell GmbH
Daimlerグループにおける直近の動向と今後の方針を「開発の歴史」、「FC技術の新しいアプローチ - モジュラーFCエンジン」、「FC応用分野の拡大とDaimlerの電動化計画」の3パートにまとめ説明する。
商用FCVの実用化に向けて
講演者:通阪 久貴 氏 日野自動車株式会社 先進技術本部長
日野は環境チャレンジ2050を発表し、そのなかでトラック・バスのCO2削減を重要な課題と位置づけている。講演では「日野の環境対応技術開発の経緯」、「今後の電動化方針」、「大型商用車におけるFCの利点」、「具体的なFCV技術」、「残る課題」について述べる。
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Daimler社の自動車および定置型向けモジュラー燃料電池エンジン
講演者:Prof.Dr. Christian Mohrdieck, Chief Executive Officer, Mercedes-Benz Fuel Cell GmbH
(※講演はビデオ録画により行われた。)
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各地域のゼロエミッション規制発表を受けて、商用車メーカー各社も相次いで電動化を計画している。(出所:Daimler) |
Daimlerグループは、1990年代以来熟成してきたフュエルセル(以下FC)の技術を新たに創立したDaimler Truck Fuel Cell GmbH & Co.KGに集約し、今後の開発と生産に関わる活動を一本化する。さらにVolvo Group(以下Volvo)、Rolls-Royce Power Systemsとの協業によって生産JVの立ち上げと、商用車から建機・定置発電セットに適用分野を広めることで生産規模の拡大を図る。
生産拡大と併せ、規格化したパッケージングとシステム構成要素を使用して量産効果を高める。FCスタックを中心とする原動機セットはModular Fuel Cell Engineと呼ばれ、S、M、LおよびLの複数個使用に系列化される。
Daimler GenH2と呼ばれる試作大型トラックに最新のモジュールLが2基搭載され、液体水素タンクとの組み合わせで1000 km以上の航続距離とディーゼル車並みの積載能力や使い勝手を実現した。このモデルは2023年より顧客による実用試験に提供され、2020年代後半に市販される。
DaimlerグループにおけるFCの開発経緯と実績
DaimlerにとってFC実車開発の開始点は1994年の乗用車NECAR 1であり、その後1990年代にトラック、バスへと展開された。また、2009年に生産した乗用車B-Class F-CELLによって、世界中にFC車両を展開し多くの走行実績を得た。同時に水素充填方式の改良も進め、所要時間3分弱での燃料補給も達成した。この時点で開発成果は一般顧客に提供できるものとなった。その後DaimlerはFCスタックおよび水素タンクの開発も手掛け、車両開発は総合的に完了し、残る課題はインフラとコストとなった。2018年に発売したGLC F-CELL PHEVは、系統電力の使用によってインフラ不足を補うことができたが、コストを解決するには至らなかった。
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近年のDaimlerグループによるFC車両開発成果(出所:Daimler) |
FCを扱う企業体制についての変遷では、次の4つの重要な転機があった。
1996年 | Daimler Benz AGとBallard Power SystemsのJV結成 |
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1998年 | Fordの参加 |
2008年 | Automotive Fuel Cell Corporation (出資比率Daimler 50.1%、Ford 49.9%)の創業 |
2018~2020年 | Fordとの関係解除、新設したDaimler Truck Fuel Cell GmbH & Co.KGにすべてのFC開発活動を集約 |
Daimler:FC原動機開発の新しいアプローチ - モジュラーFCエンジン
当面、FCは大型車両や定置用への適用が進められるが、いずれも乗用車のように大量の普及が期待できるものではない。そこで、モジュール化設計によって数量コスト効果を得、また組合せによる適用範囲のフレキシビリティを確保する。小出力の用途と、大型・定置用途が要求する耐久性、応答性、負荷変動比、始動停止回数などには大きな差があり、1種類のFCセットではカバーできない。そこでS、M、L 、3種類のモジュールを設定し、これらを「モジュラーFCエンジン」と呼んでいる。その想定用途を次に示す:
S | レンジエクステンダーEVや小出力定置用途 |
---|---|
M | 通常の乗用車 |
L | GVW 18~25tonレベルの商用車、定置用;150 kW |
2 x L | GVW 40tonレベルの商用車、大型バス;300 kW |
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コンセプト車両 GenH2に搭載されるモジュール "2 x L" | GenH2の外観 FCシステムはすべて先頭のトラクター部に収まる。 |
(出所:Daimler)
このなかでDaimler Truckの製品レンジに合うモジュールLの商品化が進められている。S、Mモジュールも考慮し、FC各部の設計は次のような特徴を織り込む。
- システム構成:ソフトウェアはモジュール構成で供用部分を増やす。コントローラー基板も供用。
- スタック:モジュールSに適用できるサイズとし、M、Lはその整数倍を組み合わせる。
- システム構成部品:標準品を設定し、S、M、L間で供用する。
-加湿器エレメントは(オイルフィルターのように)標準カートリッジを1~複数個組み合わせる。
-水素タンクは極力種類を抑え、複数個を組み合わせる(液体水素用も含む)。
-エアコンプレッサー(ターボ)、圧力経路部品、センサー類は各モジュールで共通。 - パッケージング(FCエンジンの形態):Sについては搭載スペースの要求から箱形にまとめるが、車両用は内燃機関に合わせた形状や支持点、吸排気位置、衝突時の挙動などを持たせることがよいと考えている。なお箱形パッケージングはバスのようにルーフ上搭載の場合にも必要である。
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FCのシステム模式図(出所:Daimler) |
Daimler:FCの適用分野拡大とDaimler Truckの電動化計画
定置電源用途では、FCモジュールをラックに搭載し、これを複数個設置することで大出力を供給することができる。このコンセプトに基づき、GLC F-CELLのFCを4基組み合わせた 180 kWのバックアップ電源をデータセンターで使用した例が既にある。
Daimler Truck での最新の開発事例は昨年9月に発表された GenH2と呼ばれるコンセプト車である。これはFC搭載を前提に設計されており、2023年より顧客での試用開始、量産は2020年代後半に設定している。液体水素タンクを備えるこのモデルは、バッテリーEVであるeActros LongHaulに対し、同レベルのパワートレイン搭載スペースで航続距離を倍増した。さらにGenH2は車格相当の積載性能や水素充填時間、そのほか現在のディーゼルトラックと同等の扱いが可能である (as capable as our customers expect)。
(出所:Daimler)
FC商用車を普及させるには、なお次の3つの課題がある:
- いっそうの開発と量産化のための投資
- コストを他のパワートレインと競合可能なレベルまで低減するための生産数量確保
- こうした車両を要求する産業界の声をもとにした、インフラ整備の促進
これら課題の解決のため、DaimlerはVolvoおよびRolls-Royce Power Systems、その傘下のMTUとの協業を決意した。MTUは特に定置式パワートレインへの採用拡大に熱心で、このチーム結成によりDaimlerグループはFCをビジネス上で競争力あるものとする体制を整えたといえる。
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FCの市場展開体制のためのチーム作り: 1) 開発活動のDaimler Truckへの集中 |
2) VolvoとのJVによるFCスタックの生産と商用車・建機向け数量拡大 | 3) Rolls-Royce Power SystemsおよびMTUとの協業で定置用途へのFC展開 |
(出所:Daimler)
日野自動車:商用FCVの実用化に向けて
講演者:通阪 久貴 氏 日野自動車株式会社 先進技術本部長
日野は環境チャレンジ2050のなかで、カーボンニュートラルに向けて電動車両の投入、内燃機関の改良、物流の効率改善を3つの柱として進める。
各種規制が本格的に施行される2027~2030年を転機ととらえ、この時点までにハイブリッド車に換わる専用プラットフォームを開発し、EVとFCVを展開することで2050年に電動車比率100%達成を目標に掲げている。
大型トラックをFCV化するメリットは、ゼロエミッション以外にも航続距離、ディーゼル並みの積載性能、燃料補給時間、ドライバー疲労軽減、大容量の給電能力、水素インフラ拡大への貢献などがある。
大型トラックFCVはトヨタとの共同開発によるもので、先行するプロフィアベースのモデルは新型MIRAIのFCユニット2基と6本の水素ガスタンクを搭載し、2022年春頃から客先の実証試験に供用する予定である。あわせて北米向けXLベースのモデルも2021年半ばに実験を開始する。
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日野環境チャレンジ2050(出所:日野自動車) |
日野の環境対応技術開発の経緯
CO2削減の方策として、3つの方向性「電動化、エンジン改良、物流効率化」に基づき開発を進めてきた。
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日野の環境対応技術の進展(出所:日野自動車) |
商用車は顧客にとって生産財であるため、環境対応車両の普及には乗用車とは異なるアプローチが必要で、物流経済性の観点から従来車両に劣る部分があってはならない。そこで1980年代から内燃機関の改良による環境対応を主な方策として継続してきた。また、1991年に世界初のハイブリッドバス(HIMR)の量産を開始し、電動化をリードしてきた。EV、PHEV、FCVについても、次の4車両で実績を積んでいる。
環境対応車両 | 実証期間・走行距離 | 特徴 |
---|---|---|
EV低床小型バス (限定販売) |
2012年~ 9年間 22万km |
運行時の経済性、静粛性に優れる |
EV配達トラック (モニター運行) |
2013~2014年 1万km |
低床による荷役作業性、静粛性に優れる |
PHEV中型バス (限定販売) |
2016年~ 5年間 20万km |
電欠の心配がない。EV、HV切替可能 |
FCV大型路線バス (トヨタブランド) |
2018年~ 3年間 8万km |
静粛性、スムーズな加減速で優れる |
SORA(トヨタブランドの大型路線バス)は、水素タンク10本を屋根上に積み初代MIRAIのスタック2基によって都市部での動力性能を確保した。すでに、宮城、福島、東京、神奈川、愛知、兵庫、徳島などで約100台が稼働しており、今後も継続的に実績を積み重ねていく。
内燃機関を使用するHVの分野では、従来不利と言われてきた大型トラックの商品化に成功し、現実対応として当面使い続けていく。
関連レポート: 東京モーターショー2019:商用車各社の環境対応ソリューション(2019年11月)
日野自動車:これからの電動車展開
車両サイズと移動距離をパラメーターとして、各種電動車両をプロットしたのが下図である。図中楕円は、各電動車タイプがCO2削減に効果のある範囲を示している。
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日野の電動車展開(出所:日野自動車) |
当面はHVが全用途をカバーする現実解であり、これをスピーディに普及させ、EV・FCVについては顧客要求によって使い分けることになるだろう。
2050年を見据えた将来方針については、各種ゼロエミッション規制が本格的に施行される2027~2030年を転機ととらえている。HVはこの頃までを普及拡大期として足元対応に活用するが、以降はそれに換え電動車に最適な専用プラットフォームを開発し、EVとFCVによって2050年に電動車比率100%を達成する。
日野自動車:大型商用車におけるFCの必要性とメリット
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外部への電源供給の様子。ただし実際の災害時に供給量の過不足を評価したわけではない。(出所:日野自動車) |
バスについては、2003年以来トヨタと共同で路線運行試験を実施してきた。その結果はSORAに織り込まれているが、経験に基づき認識されたFCのメリットは主にゼロエミッション、静粛性、ドライバー疲労軽減、BEVに比べ長い航続距離、運行ルート上に限定設置できるためインフラ整備が容易、災害時の電源供給できる(写真)、水素消費拡大に貢献などである。
大型トラックについては、以上の経験をもとに次の項目をメリットと見込んでいる。
- ゼロエミッション
- BEVに対する使い勝手の良さ「航続距離600km、水素充填30分⇒将来10~15分」
- ディーゼル並みの積載性能
- 大量輸送に貢献「高速走行に見合う動力性能」
- ドライバー疲労軽減「スムーズな発進、加減速、静粛性」
- 大容量の給電能力「荷台への電源供給、災害時の電源供給」
- 水素インフラ拡大に貢献「水素使用量大、広域な走行エリアを整備」
日野自動車:トヨタと共同開発中のFC大型トラックの詳細
プロフィア 後2軸車をベース(GVW 25 ton)としており、目標航続距離を600 km(都市間・市街地混合モード)に取る。FCコンポーネントとそのレイアウトは次のような設計とした:
- FCスタック:第二世代MIRAIのものを2基(128 kW x 2)、内燃機関の位置に搭載する。このスタックは最初から商用車ユースを前提にトヨタで開発され、初代に対しパッケージング変更、スタック密度向上、補器類小型化、耐久性向上、極低負荷での使用回避(制御による)などが織り込まれ、システムコストは白金使用量削減やセル数変更などで1/3にまで削減した。また、小はフォークリフト、大は2スタックとマルチタンクを前提に定置用、船舶への展開性を持たせた。
- モーター:E-AXLEを後2軸両方に搭載。(モーターは交流同期式)
- 水素タンク:ガス 70 MPa トラック用新開発品を6本使用。搭載位置はキャブ直後の高い位置に2本、ホイールベース間のシャシー側面に左右2本ずつとした。
- バッテリー:Liイオンタイプを4パックに分け車両各部に分散搭載
この車両は、2022年春頃から客先での実用試験を予定しており、その結果をもって量産時期などを検討する。
一方、北米ではトヨタと日野現地組織が共同でXLシリーズをベースとした車両の開発をスタートしており、2021年半ばに実験を開始する。その他、中国や欧州にも順次供給していく。
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プロフィアをベースとした開発中のFCトラック。実用試験が可能なレベルまで仕上げられており、2022年春頃から稼働する。 | XLシリーズをベースとして北米に対応するFCトレーラー。現地市場の嗜好に合わせCab-Behind-Engine 形状である。 |
(出所:日野自動車)
日野自動車:残る課題
FCトラックの普及にはディーゼル並みの経費が必須である。新車購入後5年間のTCO、つまり{新車購入費-補助金}+{使用中の燃料代・高速料金・修理維持費などの諸経費}について日野で試算したところ、水素価格が現在の100円/ノルマルm3から20円にまで漸減すれば、車両価格の低下と相まって2030年頃にはディーゼル車を下回る結果となった。しかし水素価格が2030年までに50円程度までしか下がらない場合、TCOはディーゼルレベルにならない。したがって補助金や高速料金など、企業努力以外のサポート有無で普及のシナリオは変わってくる。
次の課題は燃料充填時間である。これは車両の稼働率に大きく影響するが、ディーゼル車での5~10分に対しFCでは現在のバス用充填設備で30分程度かかる。海外にある新規格の充填設備があれば10~15分に短縮できるものの、設備の日本導入に向けて時期や検証内容など計画がまだ明確になっていない。
もとより水素社会はトラックメーカーだけで形成できるものではなく、普及についても水素価格や充填インフラの改善が伴わなければならない。
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FCトラックの課題(出所:日野自動車) |
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キーワード
Daimler、日野、商用車、FCV、燃料電池、電動車、電動化
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