FCV(燃料電池車)の開発動向と課題

水素社会に備え一歩踏み出す自動車業界

2016/04/04

要 約

FCV Clarity Fuel Cell
ホンダ FCV Clarity Fuel Cell
トヨタ MIRAI
トヨタ MIRAI

 FCV(Fuel Cell Vehicle=燃料電池車)はクルマ社会が抱える環境エネルギー課題の解決策となるのだろうか?FCVは古くよりバラード(Ballard)社やDaimler、GMなどで研究が進められてきた。GMではあの原爆を作ったロスアラモス研究所に研究員を送り、国家プロジェクトの一部として燃料電池を研究してきた歴史もある。自動車の心臓部であるICE(=Internal Combustion Engine=内燃機関)にとって代わるのが燃料電池パワートレインで、水素と酸素から水を作る時に発生する電気を活用して駆動モーターを動かす原理である。軍事産業や宇宙産業で研究、実用化されてきたロケットサイエンスを自動車という大量消費材に適用するには多くの課題が残されている。GPS(Global Positioning System=全地球測位システム)が携帯電話・ナビに載り世界中に広まったように燃料電池も普及が進むか?車が先か、インフラが先かという議論はEV(Electric Vehicle=電気自動車)だけでなくFCVも同様である。本レポートではFCVの開発動向と課題について報告する。

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FCVの開発動向

 2016年3月に開催されたFC EXPO 2016専門技術セミナーにおいて、日・米・欧の自動車メーカーがFCVの開発動向を発表した。FCVは各自動車メーカーで古くから研究開発が続けられてきている。

GM

 GMは1964年に最初に試験車を製作して以来、2014年5月時点で累積300万マイルのFCV走行試験を終えており2016年にはChevrolet Coloradoピックアップトラックを改造したFCV(Gen1)を軍に試用提供し12カ月に渡る路上試験を実施すると発表している。

 

2007 Equinox  2016 Gen1 (軍で試用) GM Gen2目標 (次期型)
燃料電池出力 93kW 85-92kW 80-95kW
巡航時燃料電池最高温度 86℃ 95℃ 105℃目標
耐久性 3万マイル(1500時間) 15万マイル(8450時間、12年) 同左
低温作動保証 マイナス25℃ マイナス40℃ 同左
燃料電池パワートレイン重量 240kg 120kg以下 105kg以下
燃料電池スタック コンポジット構造 ステンレス打抜構造 フェライト系鉄
80g白金触媒/スタック 30g白金触媒/スタック 12g以下白金触媒/スタック
コスト $$$$ $$$ $$

(FC EXPO 2016 専門技術セミナーFC-3 GM資料からMarkLinesまとめ)

 

Daimler AG

 Daimler AGは1980年から試験車開発をスタートし、A-Class改造のFCV GEN1、2003年にはB-Class改造のGEN2を開発、さらに燃料電池パワートレイン部を30%コンパクト化したGEN3、4を開発中で、FCVの実用化を急いでいる。日産との共同開発車を2017年度発売に向けて準備中。

 日本ではトヨタとホンダの最新型FCV発売に伴ない、経済産業省の後押しや2020年東京オリンピック開催等を契機に官民を上げてFCV普及に弾みをつける動きが見られる。

 

トヨタ

 2014年12月に発売開始したトヨタFCV 「MIRAI」 は1ヶ月後の受注が約1500台となり年間生産能力を当初の700台から2017年に3000台に増加させると発表している。トヨタは「MIRAI」 の販売台数を2020年以降、年間グローバルに3万台以上(日本では月販1000台以上)としている。自ら培って来たHEV技術をEV、PHEV(プラグインハイブリッド)、FCVへ展開。来るべき水素社会の電動車の棲み分けを提案している。

 

TOYOTA資料より

TOYOTA資料より

(FC EXPO 2016専門技術セミナーFC-2 TOYOTA資料よりMarkLines作成)

 

ホンダ

【Clarity Fuel Cell主要諸元】

ホンダ Clarity Fuel Cell 参考 トヨタ MIRAI 主要諸元
駆動方式 FF FF
車名・型式 ホンダ・ZBA-ZC4 トヨタ・ZBA- JPD10-CEDSS
寸法・重量・乗車定員 全長(m)/全幅(m)/全高(m) 4.915/1.875/1.480 4.890/1.815/1.535
ホイールベース(m) 2.750 2.780
トレッド(m) 前/後 1.580/1.585 1.535/1.545
最低地上高(m) 0.135 0.130
車両重量(kg) 1,890 1,850
乗車定員(名) 5 4
客室内寸法(m) 長さ/幅/高さ 1.950/1.580/1.160 2.040/1.465/1.185
電動機(モーター) 型式 MCF4 4JM
種類 交流同期電動機 交流同期電動機
燃料電池スタック 種類 固体高分子形 固体高分子形
燃料・タンク 燃料種類 圧縮水素 圧縮水素
本数 2 2
タンク内容量(L) 141(前方24/後方117) 122.4(前方60/後方62.4)
公称使用圧力(MPa) 70 70(約700気圧)
性能 燃料電池 スタック 最高出力(kW[PS]) 103[140] 114[155]
電動機 (モーター) 最高出力(kW[PS]/rpm) 130[177]/4501-9028 [最高回転数:13000rpm] 113[154]
最大トルク(N・m[kgf・m]/rpm) 300[30.6]/0-3500 335[34.2]
最小回転 半径(m) 5.7 5.7
駆動用バッテリー 種類 リチウムイオン電池 ニッケル水素電池
動力伝達・走行装置 最終減速比 9.333 8.779
ステアリング装置形式 ラック・ピニオン式 ラック&ピニオン式
タイヤ 前・後 235/45R18 94W 215/55R17
主ブレーキの種類・形式 前/後 ベンチレーテッドディスク/ディスク ベンチレーテッドディスク/ディスク
サスペンション方式 前/後 マクファーソン式/ マルチリンク(ウイッシュボーン)式 ストラット式コイルスプリング/ トーションビーム式コイルスプリング
スタビライザー形式 前・後 トーションバー式

 ホンダは2016年3月Clarity Fuel Cellのリース販売を開始した。2016年度に200台程度のリース販売を目指す。MM(マシーンミニマム)思想から、燃料電池パワートレイン(燃料電池スタック、駆動ユニット、FC昇圧コンバーター、電動ターボ型エアーコンプレッサー)をV6エンジン同等サイズまでコンパクト化しエンジンルームに搭載、居住スペースを広くとっている。

トヨタ MIRAI トヨタ MIRAI

 70MPaの充填圧力に対応し、水素透過ゼロを世界で初めて達成したアルミライナー製水素タンク(トヨタMIRAIはCFRPを使ったプラスチック3層構造 下記(注))を採用している。

トヨタ MIRAI 注 参考 トヨタ MIRAI のタンク(トヨタ広報資料より)

 燃料電池スタックで発電した電気はFC昇圧コンバーターで500Vまで昇圧され駆動モーターを回す。燃料電池スタックには水素タンクから水素が送り込まれると同時に電動ターボ型エアーコンプレッサーで空気を送り込む。

燃料電池パワートレイン

 燃料電池スタック内部のセルにも随所に空気、水素の流し方、セルの小型化、高密度化等ホンダ独自の工夫が見られる。セルは2枚のMEA(Membrane Electrode Assembly=膜・電極接合体)と3枚のセパレーターで1ユニット(2セル)を構成するユニークな構造とし、スタックの厚さを薄くしている。水素と空気の流れる方向を逆にする事や流路幅を縮小する事で発電時に発生する水分量を減少させ氷点下始動時の発電性能を改善させている。

セル構造セル構造

MEA構造MEA構造

 MEAの構造も発電部以外を樹脂フレーム枠とし高額材料であるMEAの使用量を40%低減、コスト低減と燃料電池スタックの生産性を向上させている。

 燃料電池システム固有部位だけではなく、Clarity FUEL CELLでは駆動モーターの高出力化、静粛化を始め、四輪で世界初という「アルミ中空ダイキャスト・フロントサブフレーム」の採用、サスペンションの軽量化の為に世界初高強度アルミ鍛造によるタイロッドの採用や、スチール製をアルミ鍛造製へ材料置換するなどチャレンジングな軽量化を実施している。

フロントサブフレームフロントサスペンション

(以上ホンダ広報資料よりMarkLines作成)

 

 



水素供給インフラ

 水素インフラは米国カリフォルニア州やドイツでも作られているが本レポートでは日本の状況を報告する。水素ST(ステーション)の整備は2015年度中に4大都市圏とそれらを繋ぐ高速道路沿いに100ヶ所整備(2015年度末実績82ヶ所)する事を目標に進められてきたが1年遅れ、2016年度にずれ込む。経産省は2016年3月に「水素・燃料電池戦略ロードマップ」の改訂案をまとめFCVの普及台数目標を初めて明示し2020年度に4万台、25年度に20万台、30年度に80万台とした。水素ST設備ヵ所数も20年度に160ヶ所、25年度に320ヶ所に増やしていくと改訂している。

開所予定 「水素ステーション」一覧

NO. *移動式 都府県 市・区 NO. *移動式 都府県 市・区 NO. *移動式 都府県 市・区
1   埼玉県 さいたま市桜区 32   神奈川県 横浜市南区 63   大阪府 大阪市住之江区
2 * 埼玉県 さいたま市緑区 33 * 神奈川県 相模原市中央区 64 * 大阪府 大阪市中央区
3 さいたま市見沼区 34 相模原市南区 65   大阪府 大阪市西成区
4   埼玉県 さいたま市見沼区 35   神奈川県 海老名市 66   大阪府 茨木市
5   埼玉県 狭山市 36 * 神奈川県 藤沢市 67   大阪府 茨木市
6   埼玉県 春日部市 37 伊勢原市 68   大阪府 泉南郡
7 * 埼玉県 川越市 38   山梨県 甲府市 69   兵庫県 尼崎市
8 越谷市 39 * 静岡県 浜松市東区 70 * 徳島県 徳島市
9   埼玉県 戸田市 40 愛知県 豊橋市 71   山口県 周南市
10   千葉県 千葉市花見川区 41   愛知県 刈谷市 72   福岡県 北九州市小倉北区
11   千葉県 成田市 42   愛知県 刈谷市 73   福岡県 北九州市八幡東区
12   千葉県 八千代市 43   愛知県 安城市 74 * 福岡県 福岡市博多区
13   千葉県 松戸市 44 * 愛知県 名古屋市東区 75   福岡県 福岡市博多区
14 * 千葉県 印旛郡 45 名古屋市中区 76   福岡県 福岡市東区
15 東京都 板橋区 46 稲沢市 77   福岡県 福岡市西区
16 * 東京都 千代田区 47   愛知県 名古屋市熱田区 78   福岡県 古賀市
17 大田区 48   愛知県 名古屋市緑区 79   福岡県 大野城市
18   東京都 大田区 49   愛知県 名古屋市港区 80   福岡県 糟屋郡
19   東京都 荒川区 50   愛知県 名古屋市中川区 81   佐賀県 佐賀市
20   東京都 江東区 51   愛知県 豊田市 82 * 大分県 大分市
21   東京都 江東区 52   愛知県 豊田市  
22   東京都 目黒区 53   愛知県 岡崎市
23   東京都 練馬区 54   愛知県 みよし市
24   東京都 杉並区 55   愛知県 日進市
25   東京都 港区 56 * 岐阜県 羽島郡
26   東京都 八王子市 57 * 三重県 四日市市
27   神奈川県 横浜市泉区 58 三重県 津市
28   神奈川県 横浜市旭区 59   滋賀県 大津市
29 * 神奈川県 川崎市川崎区 60 * 京都府 京都市南区
30 横浜市中区 61   京都府 京都市伏見区
31   神奈川県 横浜市港北区 62   大阪府 大阪市城東区

*=移動式ステーション。移動式の水素ステーションで表記している所在地は運用場所です。運用場所は複数にまたがる場合があります。 (出典:トヨタ資料よりMarkLines作成)

 またホンダはスマート水素ステーション(SHS=Smart Hydrogen Station)を展開している。

 ソーラーを使った分配配置型水素ステーションからより簡単に設置ができるパッケージ型スマート水素ステーションを増加させている。

スマート水素ステーション

従来型との比較

パッケージ化

(ホンダホームページよりMarkLinesまとめ)

 

 



何故今水素か?

 地球規模の環境・CO2・エネルギー問題に対し自動車動力技術の最終的な解を電動化に求める自動車業界とエネルギーセキュリティの面から脱石油を模索する国策が交錯する。水素の作り方は多々あるが、褐炭から液化水素を海外で作り輸入する計画が検討されている。

 その理由は

① 水素はガソリンに比べ「バリューの海外流出が小さい」

② 日本の得意技術が日本の国際競争力、産業、雇用を創出するという2点である。

TOYOTA資料より (FC EXPO 2016 専門技術セミナーFC-2 TOYOTA資料より MarkLines作成)

①の理由は

 ・ガソリンHV車で10km走行した時の燃料代:90円強

 ・FCVの燃料代が60円強(1100円/kg)

 と仮定すると、

 ガソリンの場合はステ―ションにかかるコスト(黒の部分)と国内でのガソリン精製費と輸送ステーションまでの輸送費(白の部分)合計で27円程度(35%)。 水素の場合はステーションコスト(黒の部分)と国内で水素を作る費用と輸送するコスト(白の部分)の合計が40円程度(65%)と試算され、ユーザーが支払った燃料代が国内に還流する金額は水素の方が大きくなるという。

 

② の理由は

 日本の自動車産業がFCVのコア部品(燃料電池パワートレインシステム、タンク、電動部品等)やシステムを開発・製造する競争力が強いという前提である。

 

 



褐炭の活用

 褐炭は水分が多く、炭素含有量が70~78%と低く世界ではほとんど掘削されずに炭鉱に残されたままとなっている。しかしながら、オーストラリアでこの褐炭を掘削し現地で水素を作りそれを液化し日本に専用船で輸入するプロジェクトが千代田化工、川崎重工、IHI等により検討・研究されている。

川崎重工資料川崎重工資料 (IHI資料)

 

水素製造装置のイメージ 千代田化工建設は水素輸送ビジネスを2015年度末から、川崎重工業は商用チェーンの本格稼働を2030年からスタートさせるとしている。両者とも稼働時の水素の輸入価格を約30円/Nm3とし安価なCO2フリー水素を大量に供給するとしている。

 

 



FCV普及の課題

コスト

 最大の課題はコストである。トヨタは2008年にFCHV-advをリース発売したがその燃料電池システムコストを2014年に投入した「MIRAI」では1/20まで低減したという。「MIRAI」の販売価格は消費税込みで723.6万円。200万程度の補助金がでても500万円を超す。2020年以降グローバルに年間3万台販売したとしても自動車業界でEOS(Economy of Scale=量産効果が有効に機能する生産台数)と言われている30万台/年産にははるかに届かない。したがって自動車業界ではFCV投入をめぐりOEMの提携が進む。

 現在 FCVでGMとホンダ、BMWとトヨタ、VW(BALLAD)と上海汽車、FORDと日産とDaimler AGが提携し開発費、部品システムの共用、量産化等によるコスト低減を進めている。

・GMはホンダとの共同開発車を2020年頃投入

・BMWはトヨタと共同開発

・日産はDaimlerと2017年度に共同開発車を投入

 等が計画されている。

GM資料より (FC EXPO 2016 専門技術セミナーFC-3 GM資料より MarkLines作成)

 上図はGMが専門技術セミナーFC-3で発表した内容からの抜粋である。企業が新技術の研究を開始し、それが開発設計段階に移行し新技術が製品化され、生産が工場で立ち上がり、お客の手に渡り、その新製品が成功するまで、企業は累積して資金を投入していく。死の谷とは新製品が成功するまで、資金を投入した最大の損失点を意味する。新製品が成功して始めて投入した資金の回収が始まり累積損失が0になった時点から、利益が生まれていく。企業は早く右の青いゾーンに入るように、合従連衡を進める。

 

安全性

 水素を

1. 漏らさない 2. 漏れたら検知する 3. 溜めない 4. 着火させないの4原則を守り適切に管理する必要がある。

 

日産資料より (FC EXPO 2016 専門技術セミナーFC-2日産資料よりMarkLines作成)

 

継続的技術開発

 FCV普及に際し継続的技術開発が必要

HONDA資料より (FC EXPO 2016 専門技術セミナーFC-2 HONDA資料よりMarkLines作成)

 

 



今後の行方

 経産省の新ロードマップは東京オリンピックが開催される2020年頃からフェーズ2に入り、本格的水素社会に産官学協力して取り組んでいくという国家戦略であり、地球規模での環境・エネルギー問題の決め手にFCVがなるかどうか今後20-30年で実証を行っていく段階に入ってきた。

フェーズ1: 2009年から2015年   水素利用の飛躍的拡大 フェーズ2: 2020年代半ば     水素発電の本格導入/大規模な水素供給システムの確立 フェーズ3: 2040年頃        トータルでのCO2フリー水素供給システムの確立

 FCVを成功させ環境・エネルギーの心配のない水素社会を実現させる為には国家戦略のもとに産官学が一致協力、基準統一、OEMの連携を進めインセンティブを与えて死の谷を乗り越えねばならない。「坂の上の雲」を見つめ山を登る時代になるかも知れない。

 

(参考資料)

燃料電池のセルとスタック

日産資料より 日産資料より (FC EXPO 2016 専門技術セミナーFC-2日産資料よりMarkLines作成)

 

                     <自動車産業ポータル、マークラインズ>