水素・燃料電池展2015:本格普及を見据えた量産型FCVが始動

政府の普及支援策と、トヨタミライ・ホンダFCVコンセプトの搭載技術

2015/03/27

要 約

FC EXPO2015 FC EXPO2015

 FC EXPO2015(リード エグジビション ジャパン(株)主催)が東京ビッグサイトで2015/2/25~27に開催された。展示会場とセミナー会場ともに、今までにない盛況ぶりで、燃料電池への関心の高さを示していた。今回のレポートでは、経済産業省、自動車メーカー、水素供給事業者の専門セミナーでの講演内容をベースに、燃料電池車のしくみと最新技術、燃料電池車実用化に関する周辺状況を解説する。

 経済産業省は燃料電池車導入加速に向けた環境整備を推進するとして、2014年6月に水素・燃料電池戦略ロードマップを策定し、水素ステーションに関わる規制緩和の法改正等を実施してきている。ロードマップでは2015年度に100か所の水素ステーションを整備することを目標にしている。

 これを受けて、JX日鉱日石エネルギーや岩谷産業は、水素ステーションの設置を開始した。水素の販売価格は同クラスのハイブリッド車と同等の距離当たり燃料代となる1000~1100円/kgという価格で販売を開始した。この価格は燃料電池車の普及を推進するために、経済産業省ロードマップで2020年の達成目標を前倒しして実現している。

 トヨタは燃料電池車ミライを世界に先駆けて2014年12月に発売した。発売1カ月で予想を上回る1500台を受注し、2016年以降は生産体制を3000台/年に強化する予定である。ホンダは2015年度中に、燃料電池車を発売する予定である。両社の燃料電池車の構造と技術の紹介を燃料電池車の基本的なしくみと合わせて解説する。

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経済産業省が推進する水素社会への道

戸邉千広氏 専門技術セミナー最初のキーノートセッションは経済産業省資源エネルギー庁の省エネルギー・新エネルギー部燃料電池推進室室長である戸邉千広氏の、水素・燃料電池戦略の政策に関する講演から始まった。経済産業省は2014年春に「水素社会」の実現に向けたロードマップを策定した。2020年頃から2030年頃までに、水素利用の普及拡大と水素供給システムを確立させ、そして2040年頃までにCO2フリーとしての水素供給システム確立する、という中長期の道筋を示している。

 

水素・燃料電池戦略ロードマップ概要

資料:経済産業省

 具体的には、以下の三つのフェーズで水素社会実現にむけて、燃料電池自動車の導入に向けた環境の整備や水素の安定的な供給に向けた製造、貯蔵・輸送技術の開発等を推進している。

 まず、フェーズ1では、燃料電池を市場投入して、2020年頃から2020年代半ばまでに、普及可能な車両価格や水素価格を実現する。

 フェーズ2では2030年頃までに、大規模な水素供給システムを確立する。

 フェーズ3では2040年頃までに、トータルでのCO2フリーとなる水素供給システムを確立する。

 

水素社会の実現に向けた対応の方向性

資料:経済産業省

 

燃料電池車の普及拡大(2025年頃に同車格のハイブリッド車と同等の価格競争力を有する車両価格を目指す)

燃料電池自動車の 導入支援  初期需要創出の観点から、燃料電池自動車の量産効果を下支えする導入補助(202万円を補助)。
燃料電池等の 技術開発  FCVの低コスト化、高耐久化に向けて、燃料電池に関する基盤技術開発、水素タンクに関する技術開発等を促進(研究開発費を補助)。
海外展開に向けた 制度整備  世界統一基準と国内法令の調和や、相互承認を推進。

 

水素ステーション整備(2020年頃にハイブリッド車の燃料代と同等以下の水素価格を目指す)

 2015年度までに4大都市圏を中心に、100箇所程度の水素ステーションを整備すべく、2013年度から先行整備を開始。政府としても支援を行い、2015年2月までに45箇所が補助金の交付決定を受けて整備中。

水素ステーション 整備補助 ・FCVの市場導入に先行し、水素ステーションの整備費用の一部を補助(整備費用の1/2を補助)。
低廉な水素ステー ションの開発等 ・FCVの普及に見合った仕様の確立。 ・圧縮機や蓄積機等の構成機器の低コスト化に向けた技術開発。 ・パッケージ型や移動式ステーションの活用。

 

水素ステーションに関する規制の見直し

 高圧ガス保安法の規制について、欧米の規制を参考にしつつ、圧力容器の設計基準、使用可能鋼材の制約等を見直す。「規制改革実施計画」(2013.6閣議決定)に基づき、25項目について規制見直しに着手した。

高圧ガス保安法 (経済産業省) ・配管等に用いることができる鋼材種の拡大。 ・配管等の設計係数の緩和(ノズルの軽量化の実現)。 ・液化水素を供給する水素ステーションの基準整備 等。
消防法 (総務省) ・ガソリンスタンドと水素ステーションの併設を可能とする規制見直し。
建築基準法 (国土交通省) ・市街地において水素供給に充分な水素量を保有可能にするための保有量上限の撤廃。

 

水素ステーションに関する規制の見直し

資料:経済産業省

 

 今後の検討課題として、高圧ガス保安基準のさらなる見直しにより、水素ステーションでのセルフ充填が可能にすることや、高価な炭素繊維の使用量を削減可能な複合圧力容器の水素ステーションで使用可能にするための基準整備を検討している。

 

エネルギー事業者の水素ステーションの開所状況と販売価格

 燃料電池自動車の発売(2014年12月)に前後して、岩谷産業、JX日鉱日石エネルギー、東京ガスが水素ステーションを開所した。水素販売価格は、ハイブリッド車と同等並みの走行距離当たり燃料費となる1000~1100円/kgとなっている。

 

水素ステーションの開所状況

資料:経済産業省

 

 



燃料電池車トヨタミライの技術

 トヨタ自動車(株)から製品企画本部常務役員の小木曽聡氏からの基調講演と、技術統括部の河合大洋氏による、さらに詳しい専門セミナー講演があり、両氏の講演内容を合わせて、燃料電池車ミライについて解説する。

 

小木曽聡氏 トヨタ自動車(株)製品企画本部常務役員 小木曽聡氏 河合大洋氏 トヨタ自動車(株)技術統括部主査 河合大洋氏

 

燃料電池のしくみ

燃料電池のしくみ
資料:トヨタ自動車(株)

 燃料電池は水素と酸素を電気と水に変換する発電機である。発電した電気でモーターを駆動して車を走らせる。燃料電池の動作原理を以下に紹介する。

① 水素を水素極に供給

② 水素は水素極の触媒で活性化され電子を放出

③ 水素から離れた電子が、水素極から空気極に流れることで、電気が発生

④ 電子を放出した水素は、水素イオンとなり、水素極から固体高分子電解質膜を通り空気極へ移動

⑤ 空気極の触媒で空気中の酸素と水素イオンと電子が結合し、水が生成

 

燃料電池車の基本構造

 燃料電池車は高圧水素タンクに貯蔵した水素と、空気中の酸素を燃料電池に供給して、電気と水に変換する。発電した電気でモーターを駆動して車を走らせる。

 

動作原理

資料:トヨタ自動車(株)

① 空気を吸い込む。大気中に豊富にある酸素を使う。

② 大気中の酸素と、高圧水素タンクに貯蔵している水素を、燃料電池へ送り込む。

③ 燃料電池で酸素と水素を電気と水に変換する。

④ 発電した電気をモーターに送る。

⑤ 電気を使ってモーターを回して、車を走らせる。

 

トヨタミライの車両構造

 トヨタミライは2つの高圧水素タンクを後席下とトランクルームに搭載し、前席下の燃料電池(FCスタック)へ水素と大気中の酸素を送り込み、発電する。発電された電気は、FC昇圧コンバーターで、電圧を650Vに昇圧し、モーターを駆動する。FC昇圧コンバーターを使うことで、FCスタックのセル数を低減することと、トヨタ既存のハイブリッド車で使っている650V仕様のパワーユニットを流用することを可能にしている。

 

トヨタミライの車両構造

資料:トヨタ自動車(株)

 

FCスタック(燃料電池)の構造

FCスタックの構造

資料:トヨタ自動車(株)

 前型の燃料電池車のトヨタFCHV-adv(2008年)に比べ、体積を小さく、出力を大きくし、体積出力密度は2.2倍の3.1kW/Lを達成して世界トップレベルである。小型化の結果、FCスタックをフロントシート下に配置することができている。

 

新型FCスタックの高出力密度化

資料:トヨタ自動車(株)

 

新型FCスタック(ミライ) 2008年型FCスタック
最高出力 114kW ( 155PS ) 90kW
体積出力密度/重量出力密度 3.1kW/L(世界トップレベル)/2.0kW/kg 1.4kW/L / 0.83kW/kg
体積/重量 37L/56kg (セル+締結部品) 64L/108kg
セル 370セル(1列積層) 400セル(2列積層)
厚さ 1.34mm 1.68mm
重量 102g 166g
流路 3Dファインメッシュ流路(空気極世界初) 溝流路
搭載位置 床下(セダン) モータールーム(SUV)

 

新開発セル流路構造による発電性能向上

 新構造の3Dファインメッシュ流路により、排水性、酸素の拡散性を促進することで、生成した水が滞留することを防ぎ、セル面内の均一な発電を実現している。

 

新開発セル流路構造

資料:トヨタ自動車(株)

 

電極反応の大幅向上

 電解質膜の薄膜化、ガス拡散層の拡散性向上、触媒の高活性化により電極反応の大幅な向上を実現している。

① 電解質膜の薄膜化:膜厚を1/3に薄膜化することで、プロトン(水素イオンH+)の伝導性を3倍に向上

② ガス拡散層の拡散性向上:基材の低密度化、薄層化によりガス拡散性を2倍に向上

③ 触媒の高活性化:反応性の高いPt/Co合金触媒とすることで、活性を1.8倍に向上

 

電極の革新

資料:トヨタ自動車(株)

 

内部循環方式(加湿器レス)によるシステムの小型軽量化

 従来は電解質膜を通り抜けるプロトン(水素イオンH+)の伝導性を確保するために、加湿器で供給する空気(酸素)を加湿するシステムであったが、今回は生成した水(水蒸気)をセル内部で循環させ自己加湿するシステムとしている。加湿器を廃止することでシステムを簡素化し、容積で15Lの小型化、軽量化13kgを実現している。

 

内部循環方式

資料:トヨタ自動車(株)

 

FC昇圧コンバーター

 大容量のFC昇圧コンバーターの開発により、モーターの高電圧化とFCスタックのセル数を低減させ、システムの小型軽量化を図り、さらに静粛性の向上を行っている。

 また、現行ハイブリッド車の使用電圧と同じにすることで、モーターやバッテリーなどのユニットを流用することを可能とした。これにより、新規開発を行わないことで、開発費の削減と部品のコストダウンを図り、また、信頼性を確保している。これは、少量生産車の場合に大きな負担となってしまう開発費を減らす有効な方策である。

 

FC昇圧コンバーター

資料:トヨタ自動車(株)

 

FC昇圧コンバーター

資料:トヨタ自動車(株)

 

高圧水素タンク

タンク貯蔵性能

資料:トヨタ自動車(株)

 トヨタは2000年より高圧水素タンクを自社開発してきており、ミライに搭載した水素タンクでは、炭素繊維強化プラスチック層構成の革新により、軽量化を実施し、世界トップレベルのタンク貯蔵性能5.7wt%を実現している。

 

燃料電池システムのコスト低減

 燃料電池のシステムコストは、トヨタ自動車によれば、2008年のFCHV-advから2015年時点のミライでは、燃料電池システムコストは1/20になっているという。そして現在のFCV普及開始期に比べて、本格普及期にはさらにコストダウンを行っていくという。様々な部品、コンポーネントのコストが低減されて、水素ステーテンションの増加や、水素価格が安価になって、FCVが本格普及すれば、量産効果でさらに車両コストが低減される。現在の年産1000台~3000台の規模から月産1000台を超えれば、開発費、設備投資の台当たり分担額は、大幅に低減できる。 低コスト・小型化への取り組み

低コスト化・小型化への取組み1 FCシステムコスト:材料使用量の削減、部品数削減、量産品の流用などにより、2008年型トヨタFCHV-advに対し1/20以下。 FCシステム体格:セダンに搭載可能なまでに小型化。(2008年型トヨタFCHV-advはSUVタイプ)

低コスト化・小型化への取組み2

資料:トヨタ自動車(株)

 

 



ホンダFCVコンセプトの技術

 (株)本田技術研究所からは四輪R&Dセンター上席研究員の守谷隆史氏から、ホンダの燃料電池車に関する取り組みについて、講演があった。その講演内容から、2015年度に発売予定のホンダFCVコンセプトについて、以下に解説する。

 ホンダは2008年にリース販売し、実証実験を行ってきたFCXクラリティと対比すると、FCVコンセプトは大きく進化している。

 まず、一番の特徴はFCXクラリティでは、キャビン中央のセンタートンネル内に配置されていたFCスタックが大幅に小型化され、駆動モーター、ギヤボックスと一体化されて、パワートレーンコンパートメント(エンジンルーム)に搭載されている。これにより、車室内を広く確保し、乗車定員を4名から5名に増やすことが可能になっている。

 

守谷隆史氏  (株)本田技術研究所 四輪R&Dセンター上席研究員 守谷隆史氏 ホンダFCVコンセプト 資料:本田技研工業(株)

 今回の新開発FCスタックは、FCXクラリティ用に比べると、燃料電池のスタック出力として同等の100Kw以上としながら、容積を33%小型化している。  電圧コントロールユニットは、スタック電圧を昇圧して高電圧でモーターを駆動し、SiCパワーモジュールの採用にて、小型高出力化を実現している。  電動ターボ型コンプレッサーの空気供給圧力は、従来比1.7倍に強化されている。  

FCスタック FCスタック

 

FCVコンセプト FCXクラリティ(2008年)
燃料電池スタック出力 100kW以上 100kW
航続距離(JC08モード) 700km以上 620km
乗車定員 5名 4名
水素充填圧力 70MPa(700気圧) 35MPa(350気圧)
充填時間 3分程度※ 3~4分

※水素充填条件によって、充填時間が変わる場合がある。

 

FCVの開発課題

 守谷氏は、これまでに残った技術課題に対して、解決策がある条件で成立する見通しは得ているが、普及に向けては、さらに高い条件での技術確立が必要であり、継続的な技術開発を行っていくという。

 

項目 技術開発の状況と課題整理
耐久信頼性 ・耐久劣化の要因を特定。 ・主に起動時、停止時(駐車時)に燃料電池の性能が大きく劣化する。 →電極の両側の水素、空気の循環を一定の環境に維持することが重要(制御技術が重要)。 →耐久性については改善していく見通しを得ている。
品質保証 ・燃料電池スタックは機械的に特殊な構造である。   (多機能部材を数百枚積み重ねて、直列に構成) →たった一つの不良品が全ての性能に影響する。   (性能劣化、水素安全、高電圧電気安全) →単品の品質保証は少なくとも不良発生率を2桁以上低減することが必要(⇔コスト低減)。
コスト低減 ・一般汎用材料の活用により材料コストを低減。 ・部品の生産時間の短縮により生産コストを低減(⇔品質保証)。 ・貴金属材料の削減(電極の白金量を削減⇔耐久性)。 →基本コスト低減技術の確立と生産量の確保が鍵。

 

 



水素・燃料電池展/FC EXPO 2015取材結果のまとめ

 将来の技術と思われていたFCVが、トヨタミライの発売と水素ステーションの整備によって、一挙に現実のものとなった。車両価格はまだ高いが、一般ユーザーが買えない価格ではない。水素の供給体制も急ピッチで整備が進みつつあり、価格も1000~1100円/kgという予想より安価な設定により、距離あたりの燃料費としては、現在のハイブリッド車と同等のゾーンに入っている。ただし、現在のハイブリッド車のように本格普及していくためには、車両価格、水素価格がさらに廉価になる必要があるが、ユーザーがコストメリットが感じるまでの道のりは長い。水素ステーションの数増加も、利用者数が増えるまでは、設置に対する投資回収を考えると容易ではない。FCVを普及させていくためには、FCV自体の魅力をより明確にしていくことが重要である。

 

走行距離当たり燃料費比較結果

 FCVの燃料費をハイブリッド車、電気自動車と比較した結果を以下に示す。水素の価格はJX日鉱日石グループが1000円/kgという価格を設定し、他の事業者も1100円/kgという、予想より廉価な設定となった。その結果、FCV導入当初から、FCVの燃料費はハイブリッド車のゾーンに入っている状況である。EVはさらに廉価であるが、FCVも電動車両の特徴としてガソリンで走る車よりは安く走れることが明確になった。

 

燃料電池車とEV/HEVとの燃料費比

燃料電池車とEV/HEVとの燃料費比

 各車両の燃費はJC08モード値による。FCVの水素燃料は1000円/kgとして算出した。電気自動車の電気代は夜間電力の12.16円/kWhを使用した。ガソリン価格は、2014年一年間の平均値と2015年1月~3月16日までの平均値の価格差が大きいため、それぞれを併記した。トヨタミライのハイブリッド車、ガソリン車の比較車両は、車両サイズ、室内寸法が近いレクサスGSを同クラス車両として比較した。

 距離当たり燃料費の比較では、EVは夜間電力を使うとコストメリットが明確にある。しかしEVは、リーフのように航続距離を割り切ってしまうか、航続距離を延ばすためにはテスラモデルSのように、高額で重量の重いバッテリーをリーフの倍以上搭載することが必要である。FCVは航続距離については問題ないが、現時点は車両コストが高い。

 バッテリーと、燃料スタック+水素タンクを比べて、それぞれの性能向上がどれくらい進むのか、将来どちらが軽量安価に作れるかは、諸説あり結論をだすのはまだ先のことである。また、自動車だけでの論議でなく、電気と水素供給システムを社会全体として考えた時には、水素は余分な電気を貯蔵し、しかも輸送可能であることが強みである。水素に対応するインフラが整うにはまだ時間がかかるが、急速に進んでいるFCV関連技術の進化を注目していく必要がある。

                     <自動車産業ポータル、マークラインズ>