米国のCO2・CAFE規制:トランプ政権が現基準の大幅緩和を計画
カリフォルニア州は徹底抗戦の構え、自動車メーカーは全米統一基準の維持を望む
2018/05/16
要約
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EV・自動運転のChevrolet Bolt・第二世代実験車(2018年4月に開催されたWCX18: SAE World Congress Experienceに出展) |
本レポートは、米国のCO2・CAFE(Corporate Average Fuel Economy)規制に関して、トランプ政権による現行基準を緩和する動きと、カリフォルニア州が推進し、MY2018から強化しているZero Emission Vehicle(ZEV)の状況を報告する。
Light vehicleのMY2017-2025 CO2・CAFE基準は、前オバマ政権の時代に、EPA (Environmental Protection Agency)とNHTSA(National Highway Traffic Safety Administration)がカリフォルニア州と協力して全米統一基準として作成した。トランプ政権は、この基準は過度に厳しく産業の発展を阻害するとして、緩和する方針を発表した。
一方で、カリフォルニア州は、1970年に改定した「Clean Air Act」により、連邦政府より厳しい独自の環境規制を決定する権限を有し、他の13州が同州の基準を採用しているので、これらの地域を合わせると全米販売台数の1/3以上を占めている。
トランプ政権が緩和した新基準を作成した場合、カリフォルニア州は同州独自の基準(現行の連邦基準と一致している)を順守する方針で、決着は裁判に委ねられ短期間には決着しないと見られている。その間は、米国内に二つの基準が併存することになる。
自動車メーカーは、近年米国市場でライトトラックの販売が大幅に伸びていることや、電動車両の販売が伸びないことから、2017年春に現基準見直しをトランプ政権に要望した。しかし、トランプ政権が発表したような大幅な基準緩和を行い、その結果米国に二つのCO2・CAFE基準が併存する事態は望んでいない。自動車メーカーは、未達の場合の罰金の減額や、自動運転車やカーシェアリングなど最近の動向をインセンティブ(優遇策)に盛り込むなどの微調整を要望している模様。GMやFordは、従来通り電動車の開発を進め、また内燃エンジンの燃費改善にも取り組むとしている。
また、カリフォルニア州は、独自の環境規制の一環として、一定量のFCV/EV/PHV販売を自動車メーカーに義務づけるZero Emission Vehicle(ZEV)規制を推進し、他に9州が採用している。同規制はMY2018から強化され、要求されるFCV/EV/PHV販売台数も毎年増加していく。
MY2017までは、他の9州では、自州で販売していなくてもカリフォルニア州の販売が自州のクレジットに参入される制度「Travel Provision」があったため、FCV/EV/PHV販売台数は少なかった。しかしMY2018から同Provisionが廃止されるため、自州で実際にZEVを販売することが必要になる。今後自動車メーカーは、9州で販売するEV/PHVの車種数を増やし、また各州は充電インフラの整備や購入促進策を拡充する方針で、9州においてもFCV/EV/PHV販売が拡大していくと見込まれている。
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トランプ政権が、CO2排出量とCAFE基準を緩和すると発表
米国のLight-duty VehicleのCO2排出量とCAFE基準は、EPAとNHTSAが策定し、MY2012-2016で実施された。次いで、カリフォルニア州の基準と一致させたMY2017-2025基準が実施されている(MY2025でCO2排出量163g/マイル、相当するCAFEは54.5mpg、下表参照方)。
MY2022-2025の基準については、技術的に達成可能であるか否かを判定する中間評価(Midterm Evaluation)を、2018年4月までに実施するとの条件が付けられていた。EPAとNHTSAは、オバマ政権の末期であった2016年後半~2017年1月に、中間評価を行った。自動車メーカーは、MY2012-2015プログラムで基準を超える成果を挙げており、MY2022-2025においても、過去の予測よりも幾分低いコストで基準を達成できる見込みで、当初計画を変更する必要はないとの結論であった。
MY2017-2025 Light VehicleのCO2排出量およびCAFE目標
MY | 2016 base |
2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 | 2024 | 2025 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
CO2排出量 (g/mi) |
Passenger Cars | 225 | 212 | 202 | 191 | 182 | 172 | 164 | 157 | 150 | 143 |
Light Trucks | 298 | 295 | 285 | 277 | 269 | 249 | 237 | 225 | 214 | 203 | |
Cars & Trucks合計 | 250 | 243 | 232 | 222 | 213 | 199 | 190 | 180 | 171 | 163 | |
CAFE燃費(mpg) | Cars & Trucks合計 | 35.5 | 36.6 | 38.3 | 40.0 | 41.7 | 44.7 | 46.8 | 49.4 | 52.0 | 54.5 |
資料:EPA + NHTSA
しかし2017年3月に、トランプ大統領は、オバマ前政権が策定したMY2022-2025のCO2排出量とCAFE基準を緩和する方向で見直すと発表した。EPAとNHTSAは、オバマ政権末期に実施したMidterm Evaluationを再度行うことになる。
新たにEPA長官に就いたScott Pruitt氏は、既に行われた中間評価では、燃費低減のための新技術のコスト、顧客の受容性などを過度に楽観的に見ており、自動車業界の収益性や雇用への影響をもっと厳密に検討する必要があるとしている。2018年5月時点で、EPAとNHTSAは、MY2020基準をMY2026まで据え置く案を検討中とされている。
トランプ大統領は、地球温暖化防止を目指すパリ協定からの脱退を表明し、石炭の生産と使用を制限する規制も撤廃した。Scott Pruitt氏は、人の営みによるCO2増加による気候変動を否定している。
規制緩和を支持する団体によると、「小型EVはロサンゼルス市内の走行には似つかわしいが、農村地域にはふさわしくない」とのこと。
カリフォルニア州は、徹底抗戦の構え
カリフォルニア州は、全米最大の自動車市場であり(2017年に全米1,725万台のうち205万台、約12%を販売)、またスモッグが深刻であるなどの理由から、1970年に改定した「Clean Air Act」で、連邦政府より厳しい環境規制を作成し、規制ごとにEPAの承認を得ながら実施する権限を得た。他に13州がカリフォルニア州の環境規制を採用している。これらの州は、Clean Air Act Section 177に基づくため、"Section 177 States"と呼ばれ、カリフォルニア州を含めて全米販売台数の1/3以上を占めている。
新しい連邦基準が作成された場合も、カリフォルニア州は同州の基準(現行の連邦基準と一致している)を「Clean Air Act」に基づき独自基準として継続する方針。その場合は、カリフォルニア州及び同州の基準を採用する地域と、新しい連邦基準に従う地域が分かれ、米国に二つの基準が併存することになる。
トランプ政権とカリフォルニア州の争いは長期化か
EPAは、これまでは一部の例外を除いてカリフルニア州の独自基準を承認してきた。カリフォルニア州は環境基準のパイオニアであり、また革新技術の実験室とみなされてきた。
EPAは、新基準を全米で実施する意向だが、カリフォルニア州および同州の規制を採用する各州は、一旦EPAにより承認されたカリフォルニア州の基準が拒否された前例はなく、また各州の権利を奪うものだと反論して、連邦政府と争う姿勢。既にカリフォルニア州を含む17州が、トランプ政権の決定に異議を申し立てて裁判を起こしている。
トランプ政権下のEPAは、カリフォルニア州の独自環境基準を作成する権限そのものを抑制または停止する方針。しかし、トランプ政権が強権を発動したとしても、カリフォルニア州は裁判に訴えて長期化すると見られ、その間自動車メーカーは二つの基準に対応しなくてはならない。
自動車メーカーは全米で統一された基準を望む
自動車メーカーは、近年のガソリン価格の安値安定、それを背景に毎年高まるライトトラック販売比率(2016年の60.7%から2017年は64.5%に上昇)、またEVやPHVへの需要が盛り上がらないことなどにより、2017年春にトランプ政権にCO2排出量およびCAFE基準の見直しを要望した。
しかし、自動車メーカーは、トランプ政権がCO2・CAFE基準を大幅に見直すことでカリフォルニア州と衝突し、米国に二つの基準が併存するような事態は望んでいない。未達の場合の罰金の減額や、自動運転車やカーシェアリングなどをインセンティブ(優遇策)に加えるなど、本基準作成後の市場の変化を織り込み、柔軟な運営を求めている模様。また、EV購入を促進する施策を求めている。
GMやFordは、全米で統一した基準の維持が重要であり、また多くのEV/PHVの投入や内燃エンジンの燃費を向上させていく計画に変更はないとしている。GMは、従業員に向けた公開レターで、地球温暖化による気候変動は事実であると表明している。自動車メーカーは、厳しい規制が実施される欧州や中国にも参入しており、トランプ政権の発表を受けて電動車や燃費のよい内燃エンジン開発を変更するメーカーはないだろう、とも報道されている。
2018年5月に、日米欧韓の自動車メーカー10社の首脳が、トランプ大統領と面会した。トランプ大統領は、CO2・CAFE規制について、カリフォルニア州と協議する用意があると発言した。また、10社の首脳に対して、「米国は多くの車を輸入している。米国内で生産し、輸出もしてほしい」と呼びかけ、米国への輸入乗用車の関税を現在の2.5%から20%に引き上げること、輸入乗用車には国産車よりも厳しいCO2規制を課すことも提案したという(Wall Street Journal、他)。
カリフォルニア州がMY2018からZEV規制を強化、HVは対象から外れる
米国カリフォルニア州が連邦EPAから承認されている環境規制の権限の一つが、自動車メーカーに一定量の環境適合車販売を義務づけるZero Emission Vehicles (ZEV)規制である。同州はMY2018からZEV規制を強化し、(1)従来同州で年間6万台以上販売するOEMが対象であったが、年間2万台以上に引き下げ(日本自動車メーカーでは、マツダ、スバルが新たに対象となった)、(2)HV、CNGなどをZEVの対象から外し、ZEV(FCV/EV)およびTZEV(Transitional ZEV:PHV)のみがクレジットの対象となった。
クレジットは、対象となる車の販売台数をZEV規制により換算した値で、ほぼEV走行距離(Zero Emission Range(ZER))に比例し、例えばZEV(FCV/EV)では、ZER 50マイルの1台で1ポイント、350マイルで4ポイントのクレジットを取得する(4ポイントが上限)(下左図参照方)。
下右図は、MY2018~MY2025に達成が義務化されるクレジットで、カリフォルニア州での総販売台数に対するパーセントで示されている。要求されるクレジットは、MY2018では総販売台数の4.5%(ZEV販売台数は、総販売台数の2.5%と試算されている)、MY2025には22.0%(販売台数は8%)。達成できない場合は、他の過達したメーカー(Teslaなど)からクレジットを購入するか、または罰金(1ポイント:5,000ドル)を支払わねばならない。
カリフォルニア州:2025年に150万台、2030年に420万台のZEV 稼働を目指す
ZEV規制達成には、カリフォルニア州で、EV/PHVの2018-2025年累計販売台数120万台が必要と見込むが、これは法令遵守のためのミニマムな台数。同州は法規による強制に加えて、ZEV購買インセンティブ、充電設備への投資などを強化することにより、同州のEV/PHVの稼働台数を2025年に150万台、2030年に420万台へ拡大することを目指している。
カリフォルニア州では、主要なハイウェイで「HOV(High Occupancy Vehicle)lane」と呼ぶ交通規制を行っている。このレーンでは乗員2人(ハイウェイによっては3人)未満の車両の走行を禁止し、混雑の緩和と道路の有効活用を目指している。ZEV規制適合車は、1人乗車でもこのレーンを走行できる特典があり、購入決定の一つの要因になっている。
また、カーシェアやライドシェア用の車は、EV化や自動運転に馴染みやすく、オーナーカーに比べ稼働率が高く初期費用を負担できると考えられる。CARBは、これらの導入が円滑に進むよう調整する。
米国の9州が、カリフォルニア州のZEV規制を採用
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上図はカリフォルニア州の、下図は全10州での、各MYおよび累計のFCV/EV/PHV販売台数予測(資料:CARB) |
カリフォルニア州のZEV規制は、オレゴン、コネチカットなど9州でも採用されている。2015年で、カリフォルニア州が全米総販売台数の12%、他の9州が16%、合計28%を占める。
右のグラフは、CARBによるカリフォルニア州と同州を含む10州合計のZEV販売台数の想定シナリオ。カリフォルニア州(上のグラフ)では、15万台程度(総販売台数の8%)のZEV販売でMY2025規制を達成できると予測している。10州合計(下のグラフ)では、MY2025で33万台程度のZEV販売を見込む。
2012年にZEV規制を作成したときには、この倍近いZEV販売台数が必要になると試算していた。少ない台数で規制を達成できるのは、これまでのZEV目標値が低い段階でZEV販売が予期したより伸びたことで多くの自動車メーカーがクレジットの貯蓄を持っていること、技術開発が進みEV航続距離が予想以上に延び多くのクレジット取得が可能になると見込まれることなど。新シナリオの前提として、平均EV走行距離(All-electric range)は150マイル(MY2018)から211マイル(MY2025)に、PHVでは40マイルから56マイルに延びると想定している。
またCARBは、各自動車メーカーからの報告を踏まえて、カリフォルニア州および他の9州で、ZEV販売台数の約6割がPHV(残りはFCV/EV)になると予測している。
「Travel Provision」が廃止され、カリフォルニア以外の9州でもZEVが増加へ
これまで、カリフォルニア以外の9州でのZEV販売は少なかった。理由は、MY2017までは「Travel Provision」と呼ぶ規定があり、各州で販売されていなくても、カリフォルニア州でZEVを販売すると、他の9州全てで、その州の車両総販売台数に比例したクレジットを得られる仕組みであった。
このため、自動車メーカーはZEV販売の努力をカリフォルニア州に集中して、9州では限定されたEV/PHVのみを販売していた。また9つの州政府は、ZEVの購入を促進する支援策や充電インフラの拡充を十分進めてこなかったという。
しかし、MY2018から、「Travel Provision」が廃止されるため(FCVについては継続する)、自州において実際のZEV販売が求められる。現在、各州において、ZEV販売目標の設定、州政府機関のZEV購入、充電インフラの整備計画等が検討されている。また自動車メーカーは、より多くのZEV車種を投入すると見られる。CARBは、9州ではFCVのTravel Provisionが残るので、MY2025の規制達成のために総販売台数の(カリフォリニア州での8%に対して)5%相当のZEV販売が必要になると試算している。カリフォルニア州を含む10州では、総販売台数の7.5%となる見込み。
カリフォルニア州は、長期的に抜本的なCO2削減を目指す、内燃エンジン車の廃止も検討
カリフォルニア州は、スモッグの問題があり、また近年干ばつや山火事が頻発するなど異常気象の影響を受けているため、環境への意識が高い。CARBが主催し、公共交通機関の改善、再生可能エネルギーの拡充なども含めた、広範囲のClimate Change Scoping Planを実施している。2008年に作成・決定その後改定を重ね、2017年12月に2017年版を発表した。
包括的なCO2排出量削減計画で、2015年に採択されたパリ協定(トランプ政権は脱退を表明しているが)の目指す「今世紀中の世界の温度上昇を2度C以下、できれば1.5度C以下に抑える」という目標に沿って、2030年に「温室効果ガス排出量(GHG emission:Greenhouse gas emission)」の1990年比40%削減を目指している。さらに長期の目標では、2050年に1990年比80%の削減を目指す。
CARBは、「2017 Climate Change Scoping Plan」において、必要な政策を追加し、将来はLight Vehicleを100% ZEV化したいと表明している。内燃エンジン搭載車の販売を2040年までに禁止することも検討している。2018年1月に、サンフランシスコ選出の州議会議員Phil Ting氏が法案を提出した。同州のブラウン知事も内燃エンジン車の販売禁止に前向きとされる。
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キーワード
米国、トランプ政権、CO2・CAFE規制、EPA、NHTSA、カリフォルニア州
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